『テーマ館』 第16回テーマ「視線」



 名医  by りんりん


      「なぜかこのごろ、誰かに見られている気がして仕方がないのです」
      「疲れているんですよ」
      医者はカルテから、目も離さずに言った。
      「あなたはこれまで頑張った、だから、体が休めといってるんです」
      まだ言い足りなそうな患者を尻目に、医者は通り一遍の受け答えをすると、早急
      に診察室から追い出した。これで少々の休息時間が取れるはずだ。医者は看護婦
      にコーヒーを頼んだ。
      「まったく、近頃の患者ときたら、私を精神科医と勘違いしている」
      コーヒータイムの時はいつも看護婦に不満を漏らしていた。もちろん、看護婦も
      それ、を心得ている。
      「仕方ありませんわ。先生は名医なんですから」
      「ああ、自分で言うのもなんだが、この分野では自分は1番と自負しているよ。
      おや?」
      さて仕事に戻ろうかという時、診察室の入り口を見やると、先ほど追い出した患
      者が、おずおずとまた診察室に入ってきた。
      「先生、やっぱり視線を感じるんです。体の疲れではありません」
      「診察は終わったというのに、仕方のない人ですね。・・・わかりました。そこ
      まで視線を感じるというなら、あなたの悩みを解決しましょう。どうぞこちらの
      手術室へ・・・」
      3時間後、やれやれといった感じで、医者が手術室から出てきた。看護婦は疲れ
      をねぎらおうと、コーヒーを差し出しながら言った。
      「お疲れさまでした。成功おめでとうございます。」
      「ああ、自分は名医だとあらためて自覚したよ。大成功だ。あの患者は今幸せさ
      。視線を感じるって話だったから、頭中に目玉をつけてあげた。これで、もうだ
      いじょうぶ。あの患者は最初の視線が気にならないよ。なにしろ、これからはそ
      んな視線では、すまされないからね」
      医者はそう言うと、満足そうにコーヒーを飲み始めた。
                                                        (終わり)


(02月23日(月)03時38分15秒)