『テーマ館』 第16回テーマ「視線」



 第三者  by シルヴィア



       それは、一種独特の『恐怖』を、彼にもたらした。

      「誰かが・・・。何者かが、どこからかずうっと見据えているような気が・・・。」

       ここ数日というもの、彼はそんな恐怖に見舞われ続けた。

      「疲れてるのか、デイブ・・・。そんなことは、絶対にあり得ない。さっきも言ったろ?
      それくらい、君にもわかってるはず。」

       そういって、彼の相棒−−−フランクは、いつになく素敵な香りを放つ珈琲を注いで
      くれた。ふわっと立ちこめる湯気と香りを感じながら、それでも彼は、どこからか向け
      られる明確かつ不可解な視線に神経を集中する。

      「ああ、わかってる・・・。でも、その常識を覆される恐怖というものを考えると・・・。
      どうしても落ち着いていられないんだ。」

       過去2年と半年、彼はフランク以外の人間と顔を合わせたことがなかった。もちろん、
      テレビモニタを通してなら、ほぼ毎日のようにつき合いがある。ただ、直接顔を合わせ
      るとなると、いまのところは・・・、いや、これから当分の間も、相棒のフランクだけ
      なのだ。

       いまふたりは、漆黒の宇宙空間を漂う一艇の探査船のなかにいた。地球を離れてから、
      あと数十日ほどで 1,000 日が経つ・・・。低燃料軌道をとると、目的地までちょうど
      1,000 日かかるのだ。それは、長い長い道のりだった。

       その 1,000 日間−−−帰りのことも考えれば、当然 2,000 日となるけれど−−−、
      彼らはたったのふたりきりで、この探査船に閉じこめられていた。壁を隔てた向こう側
      は、絶対零度の真空なのだ。こんなに広大な空間なのに、ふたりの他には誰ひとりとし
      て、そこには存在しないのだった。

       それでも、そうした環境で3年近くも過ごしていれば、不思議なことに、それが常識
      だと思えてくる。自分か、それとも相棒か・・・。思考の範囲は、常にそこまでだった。
      だから、どこかで物音が鳴ったとしても、それが自分で鳴らしたものでなければ、当然
      相棒の仕業なのだ。視線に関しても、同じこと。視線を感じるということは、それは、
      すなわち相棒のものに違いない。

       しかし・・・。いまデイブが感じている視線は、明らかにフランクのものではなかっ
      た。

       ガタン。ヴーン・・・。

       それは、凍りつくような一瞬だった。ふたりにできたことといえば、まるで氷像のよ
      うに冷え固まること・・・。体温が絶対零度にまで下がったような、そんな感覚さえ覚
      えた。

       なぜ扉が開く? 俺達はこうして、ここで珈琲を楽しんでいる。他に誰が、あの扉を
      開くというのだろう・・・。

       ゆっくりと、でも確実に扉は開いていく。ふたりは、そこから瞳を離すことができな
      かった。時間の流れが止まってしまったかのように、ふたりにとってそれは、まさしく
      永遠とさえ思える瞬間だった・・・。


(02月25日(水)06時23分09秒)