『テーマ館』 第18回テーマ「崩壊」
「彼女の崩壊」 by なぎぃ
母親は虚ろな目つきで近くにある交番へと向かった。
「私の赤ちゃん、・・・・・・いないの」
交番に入るなり母親は警察官にそう告げ、パイプ椅子に
もたれかかった。
「それは大変ですね」
警察官は然程大変だと思っていないのか、冷静に対応した。
「朝起きたら・・・・ベッドにもいなくて、あの子、私と一
緒の布団で寝てるんです、でもいなくて・・・・・ああ・・・・私の赤ちゃ
ん・・・」
「落ち着いて下さい」あくまでクールに、警察官は母親
を宥めた。「えっと、お子さんの服装とか、顔とかに特徴は?」
「服装は・・・・・パジャマ姿だったのは確かよ、・・・・そう、
胸にアニメのロゴが入ってたわ。下は・・・空色のズボンで・・・・」
「顔に特徴は?」
「とても可愛いわ!親馬鹿だと思うかもしれないけど、
世界で一番家の子は可愛い!」
警察官は何やらぶつぶつとメモした後、もう一度母親に聞
いた。
「それだけじゃ分かりませんよ、母親はみんな自分の子
が一番可愛いと思ってますからね。例えば・・・・黒子があるとか、
笑うと笑窪が出るとか」
「そ、そうね・・・・、あっ、黒子よ!確かあの子、ここら辺
に」母親は涙塗れの目の下を指差した。「黒子が!」
「目の下に黒子ですね・・・・・分かりました」警察官は母親に
向き直った。「それで奥さん、・・・・・・・お子さんの名前は?」
「・・・・・・赤ちゃんの名前は・・・・・・」
沈黙。
「・・・・・・・あれ?あの子の名前・・・・・・出てこない!?」
母親は目を見開き、のたうち回る。その様子を、警察官は
冷たく見つめている。
「あの子の名前・・・・・どうして出てこないの?ねぇ!・・・・・・
貴方、知ってるんでしょう?早く、教えなさい!!」
母親は警察官に掴み掛かる。警察官は何も抵抗しなかった。
「あの子・・・・・きっとお腹を空かせてるわ、だから早く!早
くあの子の所に連れて・・・・・」
・・・・・・・・・プチン!
母親はもう一度、目を見開いた。そして警察官を軽蔑の眼で
睨んだ後、交番から出ていった。
「私の赤ちゃん・・・・」と呟きながら。
警察官は母親に掴まれ、乱れた服装を直しながらぼやいた。
「今日は崩壊するまでの時間が長かったな・・・・・、こっちも見
苦しいだけだから、なるべく早くして欲しいものだ。
・・・・・今日で1ヶ月目か、あの人が狂ったのは、
悲しいな、子供なんていないのに、信じ込んで何時までも
探しているなんて・・・・・・」
そして母親は、今日も我が子を探し、崩壊し続けている。
(投稿日:05月09日(土)08時16分32秒)