第46回テーマ館「魚」



愛しいきみ みやもと。 [2002/09/03 15:27:44]


 え? あいつのどこに惚れたかって?
 うーん、サバサバしてるとこかな。基本的にブリっこが嫌いなもんでね。媚びを売っ
てくるようなのは苦手でさ。
 けど別に冷たいってわけでもないんだぜ。「こっちにコイよ」とか言うともじもじし
たりして。そんなとこが可愛いな、なーんてな。

 なんだよ、いいだろ、のろけたって。おまえが振った話題だろが。
 で、さあ。あいつって何かさ、華があるんだよ。カレイっつうの? アジがあるっつ
うの? 正直なところそんなに美人じゃないと思うけど、目が離せない。保護欲をそそ
る感じでさ、守ってやりタイ!とか思わせるんだよなあ。
 あはは、そうそう、できるもんなら一日中キスしてたいね。「俺がいるから大丈夫だ
よ」とか言っちゃってさあ。冬なら抱きしめながらカジカんで震えてる体を暖めてやっ
たりするわけよ。

 あー、それに、真っ直ぐなんだよな、心根が。ほら、二ヶ月くらい前に俺の部屋に突
然女が乗り込んできたことがあったろ? あのときも「あなたハゼったいに浮気なんて
しないわ」ってな具合にさ、微塵も疑わなかったんだから。あれは胸ニシンみりきた
ね。
 それに、おおボラこいたりなんて絶対しないしさ。優しいやつだよ、ほんとに。

 へ? もしあいつに振られタラ?
 んー、考えたくもないけど、そうなったらサケに溺れるかもな。毎日飲んだくれて、
あいつのいなくなった悲しみを忘れるしかねえだろ。で、そのまマグロっきーで人生お
しまいになっても悔いはないね。それだけ俺にとってあいつの存在はでかいってこと
だ。

 は? 俺とあいつの関係はそう長くない?
 おいおい、何てこと言うんだよ。あいつハマチがいなく俺に惚れてる、絶対だ。そし
て俺もあいつにぞっこんなんだよ。
 ああっ、なんだよスズキサンマでそんなこと……ああ、寿命? たしかに、俺のほう
が長生きするかもしれないけど……

(ppppppp......)

 あ、ごめん、ちょっと電話……と、なんだ? 実家から?
 はい、もしもし? ああ、うん、いま友達と飲んでる。
 ――――え……!?
 わ、わかった、すすすす、すぐ帰るっ!

 悪い、中村! 鈴木さんもほんとにすみません。ちょっとあいつの具合が悪いらし
くって。
 あ、金はここに置いとくから。
 この埋め合わせはまた今度……じゃ、また!

 分厚い書類の束でも入っていそうな鞄を脇に抱えて慌てて走り去る親友を眺めなが
ら、中村と呼ばれた男はこっそりとため息をついた。こんなときが来るだろうとは、実
はだいぶ前からわかっていたのだ。
(あいつももう立派な大人だし、悲しみはいずれ時間が解決してくれるさ)
 中村はそうやって前向きに考えてきたけれど、あの溺愛ぶりを聞かされた後では、最
悪の展開も脳裏をよぎる。月曜日に会社を休むようならやばいかもしれませんね、と、
親友には上司と紹介しておいたカウンセラーの鈴木に囁いた。
「そうですね、最初にお話をうかがったときには、まさか後追い自殺まではと思ってい
ましたが……」
「ありえるでしょう、あいつなら?」
「彼の場合、いささか一緒にいる時間が長すぎたのかもしれませんね」
「15年、か……縁日で買った金魚にしたら大往生だよなあ」
 今度のため息は長く尾を引いた。


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