第62回テーマ館「ビードロ」「ガラス」



ガラスの向こう側 しのす [2006/08/12 05:44:19]


 壁一面の窓ガラスを通して、朝焼けに染まった街が、眼下に広がっている。
 新しい朝の訪れは、いつ見ても美しい。
 しかしそれが、ガラス越しでしか見られないとなると、悲しすぎる。
 だから今日は、それを打ち破ることにした。

 目がさめたら、この一室に一人でいた。
 どこかのビルの最上階の一部屋に。
 誰かに監禁されたのかもしれない。
 その誰かはこちらの様子を何らかの手段で見ているに違いない。
 視線を感じる時がある。

 冷蔵庫はいつも食べ物でいっぱいで、DVDも常に違った作品が揃えられている。
 それらの補充はどうやら眠っている間にされているようで、補充する人間を見たことが
ない。
 空調が整えられていて、暑くもなく、寒くもない。
 暮らしやすい環境であることは確かだ。

 誰が、一体、何故、このような。
 しかしこの一室で目覚めた時以前の記憶が全くない。
 何者なのか、どこで生まれたのか、何をしていたのか、全く記憶にない。
 名前。それさえも思い出せない。

 風に触れたい。
 ガラスの向こうの景色を、ガラスを通すことなく見たい。
 なんとなく毎日を過ごしているうちに、そんな欲求が高まった。
 そうなると、いてもたってもいられない。
 いごこちがよかったこの部屋も、なんだか気持ち悪く感じる。

 そして今朝決心した。
 金属製の椅子を持ち上げると、ガラスに打ちつけた。
 壁一面のガラスがどれだけの金額するのかも気にせずに。
 …なにをしてるんだ
 頭の中で声が聞こえた。

 グシャッ。
 ガラスに亀裂が走った。
 まるで暴力的なことを予期していなかったようにあっさりと。
 さらに数回椅子をぶつけると、あっけなく椅子はガラスを突き破った。

 その向こうには、
 破れたガラスの向こうには、街はなく、
ただぬめぬめとしたモノたちがいて、こちらの様子を見ていた。
 街はガラスに映った幻だったのだ。

 そのモノたちは、一斉にゆらゆらと動いている。
 どうやら驚いているようだ。
 彼らの考えが頭の中に飛び込んできた。
 …やはり凶暴な生き物だ
 …互いを簡単に殺しあう人類の
 …最後の生き残り…

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