第62回テーマ館「ビードロ」「ガラス」



父の手紙 ジャージ [2006/08/17 21:16:18]


我が最愛なる娘・ローザへ

「何が最愛なる娘よ!今さら父親面なんてして!!」

私は医者として、そして科学者として、自分の使命の為に長い年月を費やした。
難病で苦しむ患者をチューブで繋ぎ、栄養の補給・排泄・呼吸までも機械に任せるのが
医療だという現代医学に私は落胆し医者を辞め、研究に没頭した。
そんな私をお前は〔神への冒瀆(ぼうとく)〕だと罵った。

「そうよ!あなたは、その研究の為に私や母がどれだけ苦しんだと思っているの?!
 母が危篤の時、あなたは何をしていたのよ?!」

私の研究が神への冒瀆なら、患者をスパゲティ症候群(※人口呼吸器や人口導尿などチ
ューブで繋ぎ、人工的に生命を維持する状態)にする医療行為は、悪魔主義としか私に
は思えない。個々の人生の選択は個々にあり、誰かが決定するものではない。

「本当に科学者って高慢で自己中心で、母を助けずして正義感ぶって!・・・私はあな
 たを許さない。だから私はジャーナリストとなったの。ペンであなたの行為を否定し
 、全世界の者たちに訴え続ける為に。あなたの行為は間違っている!」

私は何度も、この研究の必要性を訴え続けた。ある者は賛同し、ある者は否定し、ある
者は私を社会的に抹殺しようとしていた。
お前が、その1人であると知った時、ひどく辛い気持ちになった。

「いい気味だわ。私と母はあなたに捨てられたのよ!ジャーナリストとしての私の活動
 は、あなたへの復讐でもあったのよ!」

母親の事について、お前が感情的になっているのは分かる。だが、これとは別の事なの
だ。それに気づかないでいるのは、お前がまだ子供であるということだ。
私の研究―――

「クローン人間を作る?それが医師として、科学者として最高の使命?!馬鹿らしい!
 人間は牛や羊じゃないのよ!!」

人間も家畜も、この世に存在する生命は全て平等なのだ。人間だけが特別であるのは、
それこそが高慢な考えだ。クローン人間を作り、そこから必要な臓器をとりだし、患者
に移植することに何に異議があるというのだ?

「クローン人間として生まれた命も命じゃない!道具じゃないわ!」

お前がこの手紙を読んでいる時、私はこの世にいない。私に強い怒りと憎しみを持って
いるなら、最後に私のお願いをきいてくれないか?

「わたしは、あなたの望みを満たす為に、あなたの研究所にきたのではないからね!
 あなたが死んでも、私はあなたを全否定するの!だから、わたしはここに来たの。」

私の研究は医療目的としてされたものだ。だが、私の死後、心ない者によって悪用され
る事だけは避けたい。だから、憎しみを込めてでもいい。私の研究資料、サンプルを、
全てお前の手で消してほしい。
特に、【ガラスに入っているサンプル】を・・・。

「サンプル・・・この大きな幕がかけてあるやつね?」

サンプルを見て、お前は何を感じるのだろうか・・・
私は医師でもあり、科学者でもあったが、何よりもお前の父親である事を忘れてはいけ
ない。

「裸の人間?!・・・こ、これは!!・・・な、なんて事を!!」

私は妻の死に痛く心を病み、償いのためお前に最上の愛情を注ぎ込んだ。
だが、お前は私を侮辱した!!

「わたしを・・・わたしをサンプルにするなんて!!!!」

ローザ、このサンプルは、私のお前に対する最上の愛であり、そして最初で最後の抵抗
なのだ。

今後のおまえの人生に神のご加護がありますように・・・。

                           フランク・D・ケストナー

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