第62回テーマ館「ビードロ」「ガラス」



ショーウィンドウの憂鬱 ジャージ [2006/08/18 23:16:49]


わたしはショーウィンドウ。
街を行きかう人々は時折足を止め、わたしの方に視線を向ける。
そして人々は「いいな〜」「きれい〜」などとつぶやきながら、わたしを見つめる。
でも、
人々が見ているのはわたしじゃない。
綺麗に着飾ったマネキンを見つめている。
季節、流行にあわせ、マネキンはその装いを替え、人々の目線を釘付けにする。
だから、だれもわたしの事など、気には止めてくれない。
透明なガラスのこの体は、人々の目にとまることなどない。
誰かがわたしの体に触れた――子供だ。
あろうことか、子供の手に持っていたアイスクリームがわたしの体についてしまった。
・・・
同じ場所にいるのに
人々の目にとまるマネキンは、綺麗に着飾っているのに
わたしは人々の目にとまることなく、汚される一方・・・。
不平を感じ、わたしという不透明な存在が嫌になっていた。

閉店時間になり、店主がシャッターを下ろす為に、わたしたちの所へやってきた。
店主は足をとめ、わたしたちを見つめる。
どうせ、わたしの事など目にとまっていない。
「あらあら、こんなに汚されてぇ〜。」
店主がそう言うと、店内から白いふきんを持ち出し、わたしの体をやさしく拭きはじめ
た。
「マネキンはお店の看板だろうけど、あなたが綺麗でいないと、お店はなりたたない
 わ。」
クリーナーを吹きかけ、ふきんで何度もわたしの体を丁寧に拭き続けると、昼間のアイ
スクリームの汚れが跡形もなく消え去った。
「これでよしっと!・・・うん綺麗、綺麗♪」
店主は満足そうに、ふきんでわたしを撫でた。
「ガラスはね、透明であればあるほど美しく、まわりにあるのも美しく見せるのよ。マ
 ネキンをいくら綺麗に着飾っても、あなたが美しくなくてはいけないの・・・。」
わたしの気持ちを悟っているのだろうか、この店主は・・・。
店主の目はマネキンにではない。わたしに向けられていた。
デザイナーとして服デザインし、そして自らの手でそれらを作り、世に送り出している
女性店主。人間としてはまだ若い歳で自分の店を持つ実力者。でも、いつもわたし達を
自分の宝物のように大事に手入れをしてくださる・・・店主はそんな優しい人間。
「あなたたちのおかげで、私は服をつくれるの。本当にありがとうね♪」
店主の、そのやさしい言葉に、わたしはうれしく、気持ちがとても熱くなった。
「また、明日もよろしくね。」
照明が切れ、シャッターがゆっくりと下ろされ、その日の一日が終わった。

わたしがいるから、店主が服をつくれるのなら、
わたしはそれだけで満足な気持ちになった・・・。

今は夏。最新のモデルの水着を身に着けたマネキンは、多くの若い女性の注目の的にな
っていた。
「こら、望美!」
聞きなれない女性の声が聞こえた。ふと見ると、一人の少女が私に触れようとしていた
のを、母親が寸前の所で止めていたのだ。
「ガラスに手で触れちゃだめでしょ!汚くなちゃうじゃない。」
「ごめんなさい・・・」
少女はそのまま母親に手をひかれ、わたしから離れていった。
母親に手をひかれながらも、少女は振り向き、わたしを見つめて、たしかにこう言っ
た。
「ごめんなさい」

わたしは、誰の目にもとまる事はない。透明なガラスのショーウィンドウ。
わたしが透明でいることが、わたしの仕事。
今日もまた、店主が服をつくり、人々がそれに注目し、多くの人がそれを購入する為に
わたしは透明でいる。
多くの人には気づかれない。
でも、たまに気づいてくれる人もいて、少しうれしい。
だから今日もわたしは頑張る事ができる・・・。

みなさん!どうぞ店主が作った服を見てください!
綺麗に着飾ったマネキンを見てください!

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