第51回テーマ館「手」「手首」



テルテル坊主らしきもの 2M [2003/10/02 23:52:36]


「お父さん。明日晴れるかなぁ…」
「ん?どうかなぁ…そうか、明日は遠足だったなぁ。」
「うん!お山に登るのぉ!」
恭子は嬉しそうに父親に話した。
「じゃ、お父さんがテルテル坊主を作ってやる。」
そういうと、ティッシュの箱を探しにリビングを離れた。
「母さん、ティッシュどこかなぁ…」
「ティッシュ?テーブルの上に無い?何するの?」
母親は戸棚から新しいティッシュを探ると父親に手渡した。
「いいものを作る!」
自信満々の笑みを返し、恭子のいるリビングへ戻った。
「お父さんって、お母さんがいないと何にもできないね。」
「そりゃそうさ、ティッシュを隠したのはお母さんなんだからな。」
「隠したなんて、人聞きの悪いこと言わないでよ。」
母親も洗い物を済ませてリビングへやって来た。
「そうよ、閉まったって言うの!」
恭子も母親と一緒になって父親に反論した。
「恭子もとうとう反抗期かぁ…」
作業をしながら、独り言の様にぼやいた。
『反抗じゃなくて、訂正!』
恭子も母親は同時に同じ反論をした。
「よし!できた。」
「うわぁ!」
「よくできているだろ!」
「うん、これ以上無い下手っぷりだね!」
「うるさい!さっさと窓の外に吊るしなさい。」
「は〜い…」
恭子は渋々窓を開けて”テルテル坊主らしきもの”をつるした。
「明日は雨だね…」
「そんなこと無いぞ!お父さんが保証する!ほら指きりだ。」
『嘘付いたら針千本の〜ます!指切った!』

そして、翌日。”テルテル坊主らしきもの”の信じられない威力を
発揮し、大雨となった。
当然、遠足は延期となり、恭子は普段どおり学校で勉強となった。
「指きりしたのに…帰ったら、絶対文句言ってやる!」
父親の仕事は朝が早いので、”うっぷん”をためたまま学校に来た恭子
はどうやって、この”うさ”を晴らしてやろうか思案していた。

突然、授業中にも関わらず校長先生が教室のドアを開けた。
「恭子ちゃん!お父さんが事故にあわれた!直ぐに帰りなさい!」
「え!お父さんが!」
恭子はランドセルもそのままにほったらかして、急いで家に帰った。
雨の中を傘を差すのも忘れて、全力で走った。
家で母親と合流した恭子は着替えもせずに病院へと向かった。

この大雨で、視界が悪く、スリップして崖下に転落したとの事だった。
病院へ運ばれた時には既に手遅れの状態となっていた。
「お父さん!」恭子は冷たくなった父親のそばで、ただ泣くしかなかった。

恭子は病院のソファに腰を下ろし、少し落ち着いた頃に右手の小指を眺めた。
暖かい父親に触れた最後の小指。
暖かくて、優しくて、そして強くにぎられた小指の約束。
恭子はいつまでもこの小指の感触を忘れる事ができなかった。

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