第51回テーマ館「手」「手首」



現実と手首 はなぶさ [2003/10/04 02:42:34]


青く、きりりと晴れた空の下にピンクやオレンジのコスモスが咲き乱れて
いることが、目の刺激になったのか。私はようやく目を覚ますことができ
た。どうして私はここにいて、どうして私はここに来たのだろうか?

いくら歩いてもコスモスは続いている。ここは何という場所なんだろうか
ここは私が来てもいい場所なんだろうか。色彩の刺激は私を現実に引き戻
そうとするけれど、どこかに何か現実が足りない。

風が流れる、その空気の糸の束が私の頬と首筋に触れたとき、私はあるこ
とに気づいた。私の手首には、まだ湿った溝が出来ていたのだ。空気の糸
は湿った溝をひんやりと冷やしながら、私にその溝のことを教えてくれて
いる。これが現実とこの世界との接点だということは、私には理解できて
いる。その溝からは、私の体液が流れ出ていることも。

やわらかくピンクの花びらが私の体液で汚されていることに耐えかねた私
は、この世界から別の世界に行くことのできる手段を思いついた。手首に
できた溝を境界と規定し、その溝を通って私の体内へ入り込みという手段
である。

この世界が現実と離れた場所にあるということは、ここは私の体内であり
溝の中にある体内が実は現実なんだろう。頭でなく直感的にそう考えた。
それが正解かどうかは、わからない。でも、私の現実を勝ち取るにはこの
手首に作られた、細く赤い溝を越えていかないといけない。

出血多量の荒野に入り、私はその溝が以外に深いことに気がついた。そこ
には色彩の非現実があり、苦しみという現実が流れていた。一歩一歩進む
自分は体のいたる場所が悲鳴をあげていることに気づく。

やっと溝を越えたころ、自分の体は傷だらけになり、ベッドに横たわって
いることを自分の1m10cm上空から見ることができた。可愛そうな傷
のかたまりだ。

手首を見てみたが、そこには傷は無かった。きれいな手首がそこにあった。


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