第51回テーマ館「手」「手首」



最後の打者 馬の耳 [2003/10/04 23:40:32]


「おい、西島。ぼけっとしらんで早く準備せんか。つぎはおまえの番だぞ。」
 監督にいきなり怒鳴られておれはびっくりした。事態を飲み込めずに突っ立っているとバシッ
と叩かれる。
「おいっ 突っ立ってたんじゃ邪魔なんだよ。 さっさといけ」
さっさといけって・・・・いきなりいわれたってわからんでしょうが。しぶしぶメットとバット
を取りながら横目でちらっとにらみつける。まったくこいつら勝手なんだから。
「ん、それおまえのじゃないだろ。他人のもの堂々と盗ろうっってんだからお前度胸あるなー」
しっしまった。爆笑が巻き起こり体じゅうの血が沸騰したようになる。なにやってるんだ俺は。
あわてて自分のに取り替えようとするとまた声をかけられた。
「西島、それ使えよ。」
牛田だ。「なにいってんだよ。俺がお前の使ってどーすんだ・・・」
「いいからいいから今使ってくれっつうか使えよ」牛田はそのバットを持つと強引に俺に押し付
ける。普段は気の弱いこいつが今日はなんか強情だ。
「それにさあ、これは俺のもののようで俺のものじゃないし、こういう場面にはおまえしか資格
ないよ。」
「資格?」おもわず声がうわずった。何変なこというんだこいつは。それに・・・みんなこんな
変てこなやりとりに納得したような顔してやがる。
 「なあ西島、そのバットの由来・・わかってるだろ。去年は牛田の兄貴がそいつを使った。そ
して今年はやっぱりお前しかいないよ。こここの瞬間(とき)の場合はな。そのマメだらけの手が
資格だ。」
 監督がこの奇妙な流れを断ち切るように言った。
「最後の打者」「ゲームセット」、いい意味でないいわれのあるバットであるが代々もっとも努
力をしたもののみが最後の打席で使うことを許されるというある意味では一番名誉なことらし
い。だけど俺はレギュラー争いに勝とうとかクリーンナップ狙おうとかそんなカッコいいことじ
ゃない。ただ・・ただ・・・足を引っ張らないようクビにならんようついていくだけだったのだ
「んじゃそういうことだ。いままでさんざんこき使われ差別されながらもめげなかったお前に最
後のプレゼントだ。思いっきりやってこい。」
そう締めくくりケツをたたかれた。ネクストバッターサークルで待つ。ただ・・ただ自分の出番
を。
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