『テーマ館』 第13回テーマ「もしも・・・」
「ましかば、まし」 木村涼子
「ねっ、由美ちん、”ましかば ……まし”って何だっけ?」
テスト前の学校の帰り道。親友の祥子が聞いてきた。
明日の古文は二時間目だったっけ、と思いだしながらあたしは答える。
「反実仮想」
「なんだっけ、それ」
「もし……だったなら、……だっただろーに、ってやつ。源氏物語のとこで、でて
きたじゃん。もし昼間だったら、源氏の顔が見えたのにっていう場面」
「知らないよ。だって今日初めて教科書読むのに」
そういえばこいつは古文の授業中はいつも寝てたっけ。
祥子はましかばまし、ましかばまし、と繰り返し始めた。
それより、助動詞の活用を覚えた方がいいと思うけど、とあたしが忠告しようと
すると、祥子はいきなり、
「ねえ、すごくない?」
と言った。
「はあ?」
「いやー、そんな昔っからさー、もしもこうだったらいいのにとか考えてるのって
なんか、不思議じゃない? すごくない?」
「そう?」
「そうだよ。だって平安時代ってあたしたちからしたらすごい昔じゃん。あたした
ちはさ、もし黒船来なかったらどうなったかなーとか元寇なかったらどうなってた
かなーとか思うじゃん」
そっか、こいつは歴史は得意だったっけ。
「でも平安時代の人はさ、もっとずっと”もしも”が少なかったと思うのに。まだ
日本の歴史は始まったばかりだったのにさ、それでもやっぱりもしもって思うんだ
ねえ」
祥子は勝手に感激モードに入ってしまった。こうなると手に負えない。
あたしは古文のノートを開いた。もう一回、助動詞をやり直しておこう。
祥子はあたしが真剣に話を聞いていないのを察知して、ぶつぶつと言った。
「由美ちん。あたしさー、テスト前になるといつもさ、もしも学校火事になったら
明日行かなくてすむのになーとか思うんだけど」
「あんたそんなのび太的発想を」
「うん。だからそれは物騒だし、本当に火事になったら笑えないからさ、今度から
は、もしも紫式部が源氏物語を”失敗作だー”とか言って破り捨ててたらなーとか、
具体的で夢のある空想をすることにするよ」
……夢あんのか、それ?
あいかわらずこいつは変わり者だ。
もしも。
と、あたしはちょとだけ祥子のペースにはまって考えてみる。
もしも、紫式部が源氏物語破ってたら。黒船来航しなかったら。元寇なかったら。
現在はたぶん、ちょっとずつ(もしかしてたくさんか?)違ってるんだろう。
こうやって考えると、「あたし」が「今」「ここで」「こうして」「祥子」と
「話をして」いるってのはすっごい偶然の産物だなあ、と思えてみたりした。
あたしは言った。
「あたしは紫式部が源氏物語書いてて、黒船来航して、元寇もあって、よかった
なーと思うけど」
「え。なんで」
バカ。理由なんて教えてやるもんか。
こいつ、すぐつけあがるんだから。
そんなのは、秘密だ。
「ましかば、まし」
祥子がもう一度、呟いた。
<11月29日(土)10時33分55秒>