『テーマ館』 第13回テーマ「もしも・・・」
「初めてのくちづけ」 シルヴィア
宙にはじかれた、一枚の銀貨・・・。それが奏でる不思議な音色は、彼女の胸を大きく
高鳴らせた。
「もし表だったら・・・。」
彼は、どこからか銀貨を一枚取り出して、突然そんなことを言い出した。真っ直ぐ彼女
の瞳を見つめ、僅かに頬を朱に染めながら。
「僕は君にくちづけをする・・・。」
ぽうっと肢体が熱くなるのを感じた。えっ・・・。あのう、わ、私・・・。でも、心の
底から想い慕う彼のその言葉は、彼女にはとても幸せだった。ただ・・・。
「違ったら・・・。もし、裏だったら?」
「・・・そのときは、素直に諦める。」
えっ? どうして? 私のこと、嫌いなの? 私は、あなたのことをこんなに愛してい
るのに・・・。待って、お願い・・・。まだ投げないでっ!
ぴいいん・・・。
その手を押さえようとした瞬間、彼は銀貨をはじいていた。ふたりの瞳が、ほとんど同
時にそれを追う。ときの流れが遅くなってしまったかのようにゆっくりとした軌跡を描き
ながら、それは青空のなかを舞っていた。
宙にはじかれた、一枚の銀貨・・・。それが奏でる不思議な音色は、彼女の胸を大きく
高鳴らせた。
頂点を過ぎた。そして、こんどはゆっくりと降下を始める。それを受け止めようと、彼
は右手をそうっとひろげた。あとは、神の御心次第・・・。
ぐっ。
「うんっ?」
銀貨が彼の手におさまろうとしたその刹那、なにかが彼の肢体を強く掴んだ。咄嗟の出
来事に、彼の両腕が宙をさまよう。銀貨は・・・、真っ直ぐ地面へと落下して、そのまま
ずうっと転がっていった。
きいいん。からんからんからん・・・。
めいっぱい背伸びをして、彼女は彼の肢体を夢中で掴んでいた。ごめんなさい、私、あ
なたが好きだから・・・。だからそんな銀貨、もういらない・・・。
気がつくと、彼はくちづけを交わしていた。地面を転がる銀貨が陽の光を浴びて、きら
っきらっと輝いて見えた。しばらくそれを目で追うと、彼は心のなかでこう呟いた。
『大丈夫。この期に及んで、神が裏を出すわけがないよ、きっと。』
彼は、銀貨から瞳をそらした。そして、愛する彼女を力いっぱい抱きしめる。ごめん
ね、シラ。初めから、こうしておけばいいのに。でも、よかった・・・。
ふたりのそばを、心地のよいそよ風がすうっと通り抜けた。それは、いまだに転がり続
けていたあの銀貨を、ふっと押し倒す。表が上になるように。
<11月30日(日)07時19分49秒>