第71回テーマ館「意外な犯人」



ハローウィンマジック(下) 夢水 龍乃空 [2008/11/22 20:38:48]

(5)
「シャンデリアが発火した直後、テーブルに落ちた後で、テーブルの横にジャックランタ
ンを見たんですよね」
「はい。見ました。でもあれは、テーブルに元々あったやつで・・・」
「それはありえません」
「え、どうして?」
「元々あったのはシャンデリアの真下です。落ちたシャンデリアに、真っ先に潰されてま
すよ」
「あ」
「だからあなたが見たのは別のジャックランタンです。犯人が頭にかぶった状態のね」
「え?」
「つまり犯人の動機は、あなたがたを驚かせることだったんです。突然電気を消して真っ
暗にして、カボチャのお面をかぶった犯人が3ヶ所から飛び出して驚かせようってことな
んですよ」
「3ヶ所、っていうのは?」
「食卓になっている大テーブルの下、花台になっている小テーブルの下、長椅子の中で
す」
「あぁぁ・・・」
「花を置きたかった理由が分かりましたか?」
「あっ、なるほど」
 小笠原の頭の中で、少しずつ霧が晴れてきた。何かが見え始めた気がした。
「当初の計画はこうだったでしょう。
 参加者を除く4人は、おそらく頭のいい杉本さんの立案で、サプライズパーティーを計
画した。ハローウィンの時期に合わせて、3人のゴーストと巨大ジャックランタンによる
一大サプライズです。そのために杉本さんが店や食料の手配を引き受け、店に合わせた道
具作りを協力して行った。
 当日は、事前に店と協力して準備を仕上げておき、何も知らないあなた達を集める。鍵
は返しても、中に人がいれば出入りできます。4人はスタンバイをして、あなた達を待ち
受ける」
 あの杉本ならやりかねない。小笠原は妙な説得力を感じていた。
「それで?」
「ところがアクシデントが起きました」
「アクシデント?」
「そうです。長椅子に入る深井さんがかぶるはずだったカボチャが壊れたんです」
「なっ」
「ヘルメットのように丈夫ではないですからね、かぶれるということは、脱げてしまうと
いうことです。それを防止するための仕掛けをしてあったはずですが、そこが壊れたんで
すよ」
「な、なんでそこまで、分かるんですか?」
「だって、実際に壊れたお面は堂々とさらしてあったわけですし」
「え、あ、あの、あれ」
「真ん中にどかんと置かれていたジャックランタンです」
「ひえぇ・・・」
「大胆にも程がありますね。だから新しいカボチャのお面を作る必要があり、部屋の中に
いられなくなったんです。それで全員、外で待機することになりました」
「用意する係だけじゃなくて?」
「そうもいきません。司令塔の杉森さんは当然として、カボチャを買う太田さん、お面を
作る湊さん、かぶる深井さん全員、出ないといけません」
「どうして?」
「だって、テーブルの下はともかく、長椅子の中は狭いでしょ? 人の膝丈なわけだか
ら。そこでお面をかぶるのは難しいから、かぶった状態でスタンバイするしかありませ
ん。代品を用意しなかったのは杉本さん痛恨のミスですね。細身の深井さんの代わりに長
椅子に入れる人も、いなかったんでしょう」
「それで。じゃ、他の連中は?」
「もう分かるでしょう? 湊さんは手先が器用でカボチャを加工できても、免許が無いか
らカボチャを買いに行けません。太田さんには車があっても、加工する技術が無い。彼ら
を指揮する杉本さんは、そばにいる必要がある。だから誰も中にいられないんです」
「なるほど・・・でも、深井がバイクで買いに行けば、太田は残れるんじゃ?」
「いいところに気がつきましたね。本来はそうです。ただ、4人ともいなかったことを示
す別の証拠があるんですよ。きっと深井さんは太田さんの車で来たのか、電車を使ったん
でしょうね」
「別の証拠、ですか」
「ええ。まあすぐ分かりますよ」
 何が起きていたのか、これでだいたいのことは分かった。だが、そうするとさらなる疑
問が起きてくる。
「じゃ、あいつらはどうやって中に戻るんですか?」
「あなた達を移動させて、死角を作ったんです。それを利用しました」
「いつ? あ、あの!」
「まず入り口を叩いて注意を集め、裏口を死角にします。そこから4人入り込んで、深井
さんは長椅子の中、湊さんと太田さんはまず大テーブルの下、杉本さんはキッチンへ隠れ
ます」
「はい」
「それから深井さんが物音を立てて、今度は長椅子の方へ注意を向け、花瓶のある方を死
角にして移動します」
「ははあ」
「そして考えてほしいのは、裏口があるならそこに照明のスイッチくらいあってもいいだ
ろうということです」
「あっ」
「それを杉本さんが操作して、電気を消しました」
「え、ちょっと待ってください!」
「はい?」
「僕はあの時、キッチンも見ました。あ、それに、テーブルの下も見たし、長椅子は、ふ
たが開くような場所は無かった」
「長椅子なら、当然誰かが間違って開けてしまう可能性もあったでしょう。だから、中か
らフックでもかけて、開かないようにしたらいい」
「ああ、他は?」
「テーブルの下は、長いテーブルクロスの端よりだいぶ高い位置に板を渡して、少しめ
くって見られても分からないようにしていたんでしょう」
「そうか、足が見えなきゃ、人がいないと思うから」
「そうそう。花台の方も、似たようなことですね」
「ふうん。あ、でも、花台の方は狭いですよ。見たところ四本の足で立っていました。大
人が簡単に出入りできるとはちょっと」
「足は3本です」
「は?」
「壁に向いた3本だけ残して、内側を向いた1本はフェイクでしょう。床に近いところだ
け短い棒をおいて、残り3本を使ってやっぱり台になるような板を渡します。ある意味で
は、4本足の低い台の上に3本足の高い台を乗せた構造になっていたわけですよ」
「なるほど。それなら出入りも簡単ですね」
「はい」
「で、最後は?」
「あ、キッチンですか。そりゃあもう、シンクの下ですよ」
「え?」
「あなた達は料理をしません。調理器具を全部抜き去ってしまえば、キッチンというのは
隠れ場所に不自由しませんから」
「ああ」
 落ち着いてきた小笠原は、改めて話を整理した。そして、探偵の妙な発言に気付いた。
「あの、さっき、巨大なジャコランタンって、言いませんでしたか?」
「言いましたけど、何か?」
「いや、何かって、それどういう意味ですか?」
「あ、ああ、そういうことですか。説明しましょうか?」
「ぜひ」
 探偵の間の抜けた態度にも慣れてきたところで、謎はほとんど消えていた。

(6)
「それも、目の前にあったんですよ」
「だいたい予想していました」
「あなただって、おかしいと思っていたわけです。小泉さんは、そのカボチャの話から、
仕掛けに気付いたようですしね」
「カボチャの話ですか? え、どこで?」
「電話です」
 小笠原は考えた。電話でカボチャ。そんなことを言った覚えはない。
「アトランティックジャイアント」
「え?」
「巨大カボチャの定番品種です。全国どこででも栽培されてるくらい、メジャーなカボ
チャですよ」
「へえ。あ! 深田の電話、あ、深井!」
「そうです。アトランティックが手に入った、と電話してきたんですよね。間違い電話で
したが」
「ああ、そういうことですか。小泉なら知ってそうな話ですよ」
「それで気付いたんですね」
「そうか・・・それで、どこにあったんです?」
「あれ、まだ気付いてなかったんですか。火事を起こした時のこと、よく思い出してくだ
さい」
 小笠原はまた考えた。あの時、自分は何か思ったんじゃなかったか。そう、なぜ金属の
塊のシャンデリアが燃えるのか。可燃物でも入っていたのか、と。
「シャンデリアが、カボチャだった・・・」
「その通り。ジャックランタンとして作ったカボチャです。天井から吊すために、限界ま
で皮を薄く削って、電球より軽いダイオードを使って、表面をミラーボールのような構造
で囲うことで、なんとかカモフラージュしたつもりなんでしょう」
「すっかり騙されました」
「あなた、自分で触ってるのにね」
「あ・・・」
 誰よりも近くでそれを見て、少し持ち上げてまでいるのに、気付かない自分が情けな
かった。それより、テーブルのカボチャにせよ、シャンデリアにせよ、ここまで大胆不適
なトリックを仕掛けた杉本が恐ろしかった。
「でも、あんな状態じゃ役に立たないんじゃ?」
「いえ、スイッチで鏡の部分は外れるようになっていたんでしょう。最後は暗かったか
ら、その仕掛けが見えなかったんだと思います」
「あぁ、そういうこと」
「スイッチを入れれば飾りが落ちて、中のカボチャが現れる。その中で電飾が光って、不
気味なジャックランタンが突如として出現する仕掛けだったんでしょうね」
「それが失敗したと」
「いえ、あなたが壊したんです」
「あ!」
「仕掛けの一部を、傾けることで駄目にしたんですよ。演出効果としては、ロウソクを
使ったはずです。その着火の仕掛けがカボチャの皮に触れて、引火したんでしょう。
 そうそう、その場で壊れたかぶり物をとっさに飾り付けにして、ついでにロウソクを立
てていましたね。そのロウソクは、きっと巨大ジャックランタンの仕掛けの残りですよ」
「そんなところまで・・・」
 もう無いでしょと言わんばかりに黙って微笑む探偵に、小笠原は質問をぶつけた。
「あの、どうして4人なんですか?」
「え?」
「僕らは確かに8人で集まる予定でした。そして集まった、というか、知っているのは4
人だから、残りが4人になるのは分かります。でも、その全員が関係していたという証拠
はあるんですか? 関係はしていても、その場にいなかったということは無いんです
か?」
 探偵はきっぱりと答えた。
「全員です。その場にいました」
「証拠は?」
「ええ、大前提として、シャンデリアに事故があった時、仕掛け人は誰も室内にいません
でした」
「火事の時?」
「いいえ。あなたに壊された時です」
「ああ・・・」
「誰かいたのなら、仕掛けが壊れたことを知ったはずです。無理に使えば火災の原因にな
る。知っていれば中止したでしょう。つまり、2つの事実が分かります。
 あなたが知っている4人の中に共犯者はいなかった。
 仕掛け人たちの誰一人として、その瞬間に部屋にはいなかった。
 さっき言った、4人全員が外で待っていたというもう1つの理由が理由がこれですよ」
 そう言われればその通りだ。小笠原はうなずいた。
「そこから仕掛け人が入り込みますが、方法はさっき説明した通りです。二段階あったこ
とから、人数が割り出せます」
「えっ」
「もし、最初の一度で済むのなら、大テーブルの下に隠れて終わりです。二度目があった
というのは、小テーブルの下に移動する必要があったためです。すなわち、小テーブルに
は人が隠れていた。
 長椅子の方から物音がしたのは、そこに人がいたからです。よって、長椅子には人が隠
れていた。
 そして、大テーブルを利用して移動できたのは、大テーブルがあらかじめ人を隠す目的
で作られたものだからです。カボチャが壊れたのは予定外でしょうから、そのために仕掛
けを用意したとは考えにくい。小テーブルが人を隠すためのもの、長椅子も人を隠すため
のもので、そこにはもう誰かがいますね。そして大テーブルも人を隠すためのならば、そ
こに人が隠れていたと考えるのが自然です。
 何より、巨大ジャックランタンが落ちた時あなたが見たのは、大テーブルに隠れてい
て、驚いて出てきた仕掛け人に間違いないんですから」
「そうかぁ・・・あ、でも、4人目は?」
「照明のスイッチです」
「え?」
「長椅子、小テーブル、大テーブルのどこからも、部屋の照明を落とせません。裏口付近
にいた誰かが、タペストリーに隠したスイッチを操作したとしか考えられない。それは
キッチンに潜んでいた第4の人物の存在を証明しますよ。
 ちなみに、オードブルを減らさなかったのは、予定通り8人が集まることが分かってい
たからですね」
「はぁ・・・」
 理路整然とはこのことだ。目の前の頼りなさそうな人物が、今の小笠原には偉大なる名
探偵にしか見えない。その名探偵に、最後の質問を投げた。
「じゃ、火事がボヤで済んだのはなぜですか? あんな炎見たこと無い。どうやって対処
したんですか?」
「そんなの、すぐに消したんですよ。あなたが飛び出したすぐ後にね」
「だから、その方法は?」
「あなたがお店で目にしなかったものが答えです」
「目にしなかったもの・・・」
「消火器ですよ」
「あっ」
「火を使う仕掛けですから、杉本さんは人数分の消火器を用意していたはずです。一瞬に
して消化して、後始末したんでしょう。巨大カボチャはすぐ落ちて天井を燃やすことはな
かったようだし、テーブルがあるから床に延焼することもなかったと思います。煤を掃除
すれば、元通りですよ。
 だからこそ、その日の内にお店の内装を復元して、翌日、つまり今日には別のお客さん
が利用できたというわけです」
「なるほど・・・」
「杉本さんも、カボチャの代品さえ用意していれば、完璧だったんですけどねえ」
「まったくです」
「それにしても」
 急に口調を変えて、探偵が言った。
「え、何です?」
「いや、面白い事件じゃないですか。関係者の中で舞台上に現れなかった全員が犯人、な
んて、ちょっと意外性を感じませんか?」
「はあ、そう言われれば、まあ確かに・・・」
「はは、どうでもよかったですね、はははは」
 最後までノリの軽かった探偵に別れを告げると、小笠原は胸のつかえが全て取れたよう
な、清々しい気分になっていた。
 帰り道、携帯を取り出すと、小笠原は小泉のナンバーを呼び出して、コールを鳴らし
た。

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