第87回テーマ館「携帯」



エンシェントドラゴンの憂鬱 カエル [2014/07/17 23:27:56]


ワシは古来より、人間達に≪エンシェントドラゴン≫と呼ばれ、
恐れられたり、時として神として崇められたりもした者じゃ。

・・・ふぅ。

でも、どうじゃろう・・・。

昔は粋のよい戦士や騎士が、剣を振りかざしワシと戦いを挑んでくる
ものじゃったが、現在はそんなヤツはいないようじゃ・・・。

とりあえず・・・年寄りの愚痴を少し聞いてくれ。

先日、久しぶりに人間界に出てみた。

何という場所じゃったかな?・・・たしか≪トーキョー≫とか≪シブナ≫とか
呼ばれる場所じゃったがな。

とにかく、人の多いところに出てきたが、事もあろうか、どいつもこいつも、
手に持った小さい箱を持って、ワシの事など驚くどころか、
『じゃまだなぁ!』
と、ワシにぶつかっておきながら、文句を言う輩もいる始末!

ワシは腹が立って、口から炎を吐こうとしたのじゃが・・・
『すみません・・・ここ路上禁煙なんですよ。』
と偉そうに説教をする人間までいる!
『貴様!ワシはエンシェント・・・』
『お気持ちはわかりますが、条例で決まっていますから。』
『・・・ワシと戦うつもりか?そなたは騎士なのか?』
『岸という名ではありませんが、私は清掃ボランティアの松浦といいます。』
背の低いメガネをかけた初老の男・・・確かに騎士には見えないな。
・・・というか、この姿見て驚けよ!恐怖せよ!!
『エントさんでしたっけ?ほら、周りの皆さんも迷惑そうに見ていますよ?』
そう男に言われて、ワシは周りを見た。そして唖然とした。
驚きも、恐怖もない。
それどころか、人間達は手に持った、あの箱をワシに向けて笑っているではないか!
な、何をするつもりなのだ・・・。
『あれは・・・なんだ?!』
ワシはメガネの男に聞いた。
『あぁスマホ・・・ケイタイですね。』
『スマ・・?』
『電話なんですけど、カメラになったり、ネットできたり、機種によってはテレビを
 見たりする事ができる・・・まぁ≪魔法のアイテム≫ですね。』
男の説明はよく理解できないが、どうやら強力な魔法が込められている≪ケイタイ≫とい
う魔法のアイテムであると理解した。

現在の人間達は、日夜、歩いている時でも、あの小さな箱に魔力を蓄え、
来るべき時に備えていたのだ。
ワシが現れた時、人間達はその威力を試そうと、あの笑顔を見せたのだ。
『シャメ、シャメ』
『ツイート シヨ』
『ドラゴン ナウ』
人間達が呪文を詠唱しはじめた。

・・・さすがに恐怖を感じた。あの下等な人間達が、皆ドラゴンを恐れない
上級の魔法使いになっているのだ。さすがのワシでも、数には適うはずもない。
どうやら魔法使いたちが住む場所に来てしまった様だ。
ワシは翼を広げ、空に飛び立った。

エンシェントドラゴンたる者が、人間に背を向けるなど、本当に情けない。

ここで話が終われば、まだ良いのじゃが・・・そうではないのじゃよ。
年寄りの愚痴は長いぞ?もう少し我慢を願いたい。

ワシとて歳をとったといえども、人間との戦にはまだまだ興味はある。
なんとな、近くで人間どもの戦があったのじゃよ。
緑色のまだら模様の鎧や兜を身につけた兵士達が走り回っている所を見つけ、
ワシはその場へ降りる事にした。

・・・。

いや。落ちた。

恥ずかしながら、ワシは気を失っていた。
気がつくと、ワシは人間の兵士に囲まれていた。
『大丈夫ですか?』
『・・・貴様らはドラゴンバスターか?』
ズキズキと痛む頭を抱えながら、辺りを見回しながら言った。
地位や名誉の為に戦う戦士や騎士、兵士には見ない。
『我々は陸上自衛隊です。この度は演習中の事故でご迷惑をおかけしました。』
ジエイタイ?・・・よくわからないが、まぁ、彼らは町を守る自警団みたいな
ものだろう・・・男たちはワシに深々と頭を下げた。

うむ、これじゃよ、これ。人間どもがワシに頭を下げる姿!人間はこうでなくてはいけな
いのだ!

『川上一尉、渡辺三佐がヒトヨンマルマル(14時30分)にこちらへ到着するそう
 です。』
『よし。ヒトヨンマルマルまで現状待機!』
一人の男の号令で、周りの者が動く・・・うむ、訓練されているな。
『貴様らは戦をしていたのではないのか?』
ワシは、隊長らしき男に声をかけた。
『いえ。演習中です。・・・今回は91式≪携帯≫地対空誘導弾の実弾演習中で・・・』
『ケ・・・ケイタイ・・・』

それから、数時間にわたり、ワシはジエイタイのジコチョウシャなんたらとか言う者
たちから、目がまわるほどの質問攻めにあい、開放されたのだった。

女も子供も、兵士も≪ケイタイ≫
・・・この世界には、魔法など頼らない騎士も戦士もいなくなったのか。

やれやれ。時代の流れは寂しいものじゃ。

・・・長いことワシの愚痴を聞いてくれて心より感謝する。まぁ、礼といっては
なんだが、そなたに良いものを教えてやろう。

あの≪ジエイタイ≫ってところの若い男が教えてくれたんじゃがの、この≪ケータイ≫
は実は遊具にもなるらしく、その中でもこの≪ぱずどら≫っというのが面白くて
のぉ・・・。

おわり

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