第84回テーマ館「行進曲」



『続・ブレーメンの音楽隊』・・・犬の為の行進曲(1) カエル [2012/09/13 01:46:47]


某年9月 ブレーメン市役所敷地内

秋になると、町中の人間達は【収穫祭】で大賑わいをする。
ブレーメン市の住民となった【音楽隊】も、方々の行事に借り出され、大変忙しい日々を
送っていた。
『やれやれだにゃん〜』
『お祭りは忙しいコケ〜』
 家に帰るなり、猫と鳥は床に寝転がる。
『でも、ご褒美をたくさんもらえたロバよ?・・・ボッカス牧場のおばさんが作ったチー
ズパイ食べるヒン?』
『食べるにゃ♪』
『コケコケ♪♪』
 ロバが背中の荷物を降ろさないうちに、素早く台所からお皿とフォークを持って来る猫
と鳥。食べ物の事になると元気になるらしい。
『相変わらずゲンキンな奴らだワン・・・。』
 呆れた表情をする犬。犬は自分の椅子に座ると、静かに本を読み始めた。このブレーメ
ンに来てから、犬はヒマさえあれば図書館に行っていた。そのため、最近では国内の書物
を読める様になった。が、そんな事は猫や鳥にとって、
『本って何にゃ?美味しいのにゃ?』
という価値観しかなく、『すごーい!』とか、『頭いい〜!!』とかの賞賛は得られる事は
なかった。

 1頭と2匹と1羽が、テーブルにつき、牧場でもらったチーズパイと、ロバが入れたハ
ーブティーで、ちょっとしたティータイムを楽しむ。
≪ガツガツガツ!≫
 ものすごい勢いでチーズパイに食らいつく猫。
≪コケコケコケ!≫
 猫に負けじと、これまた勢いよくハーブティを飲む鳥。
『・・・もっと、静かに食べようヒンよぉ〜』
『うまい物は、命がけで食う!・・・これが猫の食べ方にゃ!』
『コケ!』
 今さら、この1匹と1羽に、【お茶をたしなむ】とか【ケーキを味わう】とかを求めちゃ
いけないなと、苦笑するロバ。ロバはブレーメンに着てからハーブの栽培が趣味になって
いた。
 【ささやかなお茶会】というよりも、【野生の食物競争】に似た雰囲気のなか、犬はお茶
をすすりながら、本を読んでいた。
『犬くん、お茶の時くらい、本読むの止めようヒンよ。』
『・・・。』
『犬くん?』
『・・・街角でも、猟犬スタイルの犬は雄らしくて、人気があるワンか・・・軍用犬スタ
イルは、見た目はカッコいいが、威圧感があって、近寄りがたい印象を与えてしまうから
要注意・・・ワンねぇ。』
 ロバに声をかけられても、黙々と自分の世界に入り込む犬。
『犬くん、何が書いてあるヒン?』
 ロバは長いくびを伸ばして、犬の持っている本を覗き見た。
『え?あ?!わ!ワン!・・・あ、これは、犬としての、いわば難しい本だワン!』
 ロバに本を覗き見されている事に気がついた犬は、何か見られては困るような表情で急
いで本を閉じ、それをテーブルの下に隠した。無論、ロバは人間の文字は読む事ができな
いが、挿絵を見られてしまえば、文字を読めないロバでも想像はついてしまう。
【メンズ・ワンワン】・・・犬が熱心に読んでいた本は、犬向け(雄向け?)のファッショ
ン雑誌だった。【こんな雄犬は嫌われる】とか【ミュンヘン系アスリートモデルの首輪特集】
とか【雄として持っていたいアイテムあれこれ】だの、とにかく【カッコいい犬】になり
たい為の本であった。・・・まじめな犬は、こんな本を読んでいると知られたら笑われると
思った様だ。
『ロバさん、何が書いてあったにゃ?』
『う〜ん、ちらっとしか見ていないから分からなかったヒンが、雄犬とか、首輪とかの挿
絵が見えたヒンよ?』
『え?雌犬じゃなくて、雄犬コケ?!』
『・・・い、犬さん、ココに来て、あ、新しい世界に目覚めちゃったにゃ?』
 何かを誤解する1匹と1羽。
『ば、バカな事を言うワン!』
『ま、まぁ・・・価値観は、それぞれだヒンし・・・』
 犬をフォローするつもりで言ったロバの台詞だが、より誤解を深めてしまう結果となり、
いつの間にか、【犬くんは、≪うほっ!イイ雄犬(おとこ)趣味≫】認定をされてしまいつ
つあった。
 気まずい雰囲気、何ともいえない崖っぷちに立たされた犬は、両手でテーブルを思いっ
きり叩きながら立ち上がり、牙を剥き出しにしながら自己弁解を始めた。
『いい加減にしろ!俺はそんな趣味ではない!今度、シュミルに会うときに失礼な格好で
 行ったら、彼女に失礼だろ!だから俺は、紳士たる犬として・・・』
 犬の弁解に一同は目が点になっていた。
『シュミルって・・・ボッカス牧場の放牧犬の女の子ヒンね?』
『あれれ?犬にゃ〜ん♪』
『コケコケ♪』
 誤解は解けた・・・が、いつの間にかカミングアウトしていた犬。本の内容はともかく、
まさか自分が仕事先の牧場で出会った雌の放牧犬に一目惚れしてしまい、仲良くなった
事など知られたくなかったのだ。特に【野良猫ネットワーク】を持つ猫と【渡り鳥グロー
バルネット】を持つ鳥に知られたら、それこそインターネットの某巨大掲示板並みに【炎
上】してしまう恐れがあったのだ。
『コリー犬のシュミルさんコケ〜尻尾ふさふさ♪』
『歩くときも、お尻ふりふり・・・たまりましぇんにゃぁ〜』
 すでに下ネタへの導入を始める1羽と1匹。犬は怒る気にもなれず、いや、怒ればさら
に事態は悪化すると予測をして、ただその場に立ち尽くすしか術がなかった。
『猫さんも鳥くんも、そんな言い方するの止めヒンよ。・・・でも、帰りがけに、犬くん
が珍しく本屋に寄りたいっていうから、どうしてかなって思ったら・・・そういう事ヒン
ね。』
『・・・もういい。寝る。』
 犬は本を抱えて寝室へ入ってしまった。

『猫さん、鳥くん、犬くんは真面目な性格だから、あんまり変な事を言ってからかったり
したら駄目ヒン!』
『真面目すぎるから、少しは砕けた話をした方がいいにゃ!』
『そうだコケ!そうじゃないと、犬くん、シュミルさんに嫌われちゃうコケ!』
『う〜ん、まぁ、そういうのもあるヒンが・・・』
 ブレーメンに来て2年。はじめはお互い捨てられた身で、身を寄せ合うだけであったが、
家と仕事を与えられ、同じ屋根の下で暮らしていれば、仲間意識というよりも、一つの家
族の様な感じになっていた。誰かが嬉しい時には、一緒に喜ぶし、悩んでいるときは一緒
に悩んでいる・・・それが、この1頭と2匹と1羽のなかで、ごく自然に身についていた。
言葉では冷やかしてはいるものの、猫も鳥も、犬に好きな雌犬(女の子)が出来たことが
とても嬉しかったのだ。
『ロバさんだって、犬くんに真面目すぎるって言っているじゃニャいの?』
『そうだコケ。・・・嬉しい事は、もっと素直に喜んでもいいコケ。』
 猫や鳥の言い分を聞きながら、ロバは静かにお茶をすすり、カップを静かにテーブルに
置くと
『猫さんや鳥くんの気持ちは、僕も同感ヒンよ。犬くんの嬉しい気持ちは皆も嬉しいヒン
もの・・・でも、それはこの中だけにするヒンよ?』
『何でにゃ?!』
『カモメさんや白鳥さんたちに教えたいコケよ?!』
 我々には知る権利と、人に真実を伝える義務があると主張するマスコミの如くロバの発
言に抗議する猫と鳥。情報の伝達こそが両者の生きる源の様だが、今回ばかりはロバは【制
限】が必要と感じた。
『犬くんはともかく、シュミルさんはどう思うヒン?』
『にゃ?』
『コケ?』
『いい情報は、必ず皆が喜ぶってわけじゃないヒンよ?シュミルさんもすごく恥ずかしが
り屋だったらどうなるヒンかな?』
『・・・。』
 しばらくの沈黙。猫と鳥の表情を見て、自分の言った事の意味が理解できたのだなと感
じたロバは、テーブルの食器類を片付けはじめた。猫も鳥と一緒にテーブルを拭きはじめ
る。
『でも・・・言いたくなっちゃうにゃ。』
『他所で話したら、1ヶ月間、おやつ抜きとピーマン料理になるヒンからね!』
『うにゃ!!』
『ゴゲッ!!』
 猫と鳥はピーマンが大嫌いだった。そんな訳もあり、なんとか【報道規制】はできたよ
うだ。

某年9月 午後2時 ブレーメン市郊外 職業犬技能競技大会会場

 犬のスキャンダル(?)に【報道規制】がかかって、数日が経ったある日、犬はシュミ
ルと共に郊外で行われる犬の競技会の観戦にでかけた。警察犬や軍用犬、救難犬などが日
ごろの訓練の成果を一般に公開する大会だった。例の動物音楽隊の犬くんにとっては、初
めてのデートとなるわけで・・・。
犬とシュミルは、鳥の≪ラデツキー行進曲≫で送り出された。
『何故に初デートが競技会なんにゃ〜?!』
と、猫に文句を言われながらも、
『まぁ、犬くんらしくて、いいんじゃないかヒン。・・・楽しんでおいでヒン♪』
と、ロバに快く送り出されるが・・・ロバの顔がにやけていたのが少々気になる。
とにかく、お節介な1頭と1匹と1羽の見送りに、犬は赤面してしまった。

『俺・・・いや、僕の希望で、ここに誘ってしまったけど、よかったかワン?』
『もちろんよ。犬さんとまたお話できるだけで楽しいもの。・・・それに、放牧以外のお
仕事にも興味があったし。』
 サラサラとやわらかい黄金色の毛をなびかせながら、シュミルは楽しそうに微笑みなが
ら言った。女の子に『またお話できる』『また会えるだけで幸せ』と言われるだけで、男と
してはキュンとなってしまう。
『そう言われると・・・うれ・・・』
『見てみて♪軍用犬のシェパードと警察犬のゴールデンが足跡追及競技をしているわ♪』
 何か肝心な事を言いそびれた犬だったが、シュミルが競技会を本当に楽しんでいる様子
だった為、犬は『退屈にさせなくてよかった・・・』と少し安堵感に浸る。
 競技は各職業の対抗競技が多かった。ウサギの入った箱を探す救難犬と狩猟犬の臭気選
別や、ハードルや塀を乗り越える軍用犬と警察犬の障害物競走など、他にも盲導犬や放牧
犬の技能向上試験も兼ねた競技もあった。
『みんなすごいわね〜。自分の仕事に誇りをもっているみたいで・・・』
『ああ、生き生きしているワン。』
『犬さんも、昔は狩猟犬だったんでしょ?』
『え?どうしてそれを?』
『猫さんと鳥さんから聞いたわ。・・・よかったら、その時の事を教えてほしいわ。』
『・・・。』
 狩猟犬として生まれ、育ったが、その才能がなく、また獲物に逆に追いかけられたりし
て、さんざん主人に呆れられ、捨てられてしまった黒歴史のある犬。無論、そんな事を彼
女に知られたくなかった。だから牧場で彼女にあっても、自分が狩猟犬であった事は話さ
なかった。
『どうしたの?』
 暗い表情になった犬に、シュミルが声をかける。
『いや・・・ごめんワン・・・。』
『・・・。』
 しばらく2匹の間に沈黙の間があったが、それを崩すかの様にシュミルが笑顔をつくる。
『犬さん・・・きっと危ない事があったり、嫌な事があったりしたのね?』
『え?』
『誰でも話したくない過去とかあるから・・・ごめんなさいね。変な事を聞いて。』
『・・・。』
 出だしから、とんでもない醜態を見せた。これで終わりなのか・・・犬は絶望的な気持
ちになった。彼女が笑顔をつくればつくるほど、なんとも言えない罪悪感も抱いてしまう。
ここで、本当の自分を言うべきか、本当はだらしのないオスであると伝えるべきか・・・。
 と、突然、犬の頬に何か温かい物を感じた。チラッと横目で見ると、シュミルが犬の頬
に口付けをしている。
『ワ、ワン?』
 シュミルは顔を赤らめながら、唇を離すと、
『嫌なことを忘れるおまじない♪・・・せっかく楽しい日なのだから、楽しみましょう♪』
 と言い、踊るように会場内を走り始めた。・・・突然の出来事に、犬は放心状態になって
いた。
『犬さん!はやくはやく♪こっちにおいでよ♪』
 シュミルの無邪気な声が聞こえる。犬は夢心地な状態で彼女の後を追った。

某年9月 午後7時 ブレーメン市役所敷地内 動物音楽隊宅

 日はとっくに暮れていた。家にいたロバ、猫、鳥は夕食をすませ、各々の時間を過ごし
ていた。キッチンではロバがハーブティーを作り、食堂のテーブルでは猫と鳥がカード
ゲームに興じていた。
『犬くん、遅いヒンね。』
 ハーブティーを運びながらロバが不安そうに言った。
『このまま≪お泊りコース≫かもにゃ♪』
『コケコケ♪』
 よからぬ想像をあれこれする、猫と鳥。
『・・・。ありえるヒンね。』
『?!』
 ロバの発言に、猫と鳥が手元からカードをこぼす。いつもなら『そんな下品な事をいっ
ちゃ駄目ヒン』というロバが、真顔で【犬くんの女の子とのお泊りの可能性】に肯定して
いるのだ。
『あれから、ちょっと用事があって、ボッカス牧場に行ってきたヒンよ。・・・その時に
シュミルさんに会ったヒン。・・・相談にのったり、ちょっと助言したりしたヒンから。』
『ど、どんな助言したにゃん?』
『コケコケ?!』
 まじまじとロバの顔を見る1匹と1羽。ロバはハーブティの入ったポットと空のカップ
をテーブルに並べながら答えた。
『真面目な犬くんには、押しが一番ヒヒン!』
『ま、まさかにゃ!』
『シュミルさんも、素直な子だから・・・間に受けちゃったヒンかな?』
ロバの発言に、猫と鳥は大笑いをした。もし、事が本当なら、大スクープなのである。
『でも、報道規制は継続ヒン!』
『にゃぁ〜ケチにゃ〜』
『・・・あれ?ボッカス牧場に用事って、何だコケ?』
『え?・・・ああ、馬仲間の相談だヒン。』
『あの牧場の馬にゃ?・・・あれれ?あそこには栗毛の牝馬が1頭いるだけにゃ?』
『あ・・・。』
 ロバの手が止まる。
『たしか、サラブレッド種のエリザさんコケ?』
『にゃにゃにゃ♪・・・詳しくお聞かせ願いましょうかにゃ♪』
『ちょ、違うヒン!あんな、じゃじゃ馬娘とは、別にそういう関係じゃないヒン!』
 以前の犬の状況が、今度はロバの身にも降り注いできた。口は災いの元とは昔から言っ
たもんだ・・・と思い出しても、すでに時遅し。和やかな食卓は、いつの間にか取調べ室
と化していた。
『素直になるといいコケよ?』
『カツ丼でも食うかにゃ?』
『・・・どこの刑事番組ヒンか?!』
 ロバが崖っぷちに立たされている時、誰かが玄関のドアを叩く音がした。
『こんな時ににゃ〜』
『助かったヒン・・・いま行きますヒン♪』
 ロバは逃げるようにして玄関に行き、ドアをあけた。・・・と同時に、何かが流れ込む
形で入ってきた。
『シュミルさん!犬くん!!』
 ロバは悲鳴のような声を出した。その声を聞いた猫と鳥もただならぬ様子を感じとり、
かけつけてきた。玄関には傷だらけの犬と、そして汗と泥で汚れたシュミルが倒れていた。
『犬さん!どうしたにゃ?!』
『シュミルさん、しっかりしてくださいヒン!』
 ロバがシュミルをかかえ上げると、シュミルは涙をこぼしはじめた。
『・・・ごめんなさい、私のせいなのです。』
『何があったヒン?!シュミルさん?!』
『ロバさん!犬くん、目をさまさないコケ!』
 猫は泣きながら、目を覚まさない犬の身を大きく揺さぶっていた。
 ロバがシュミルの体から離れ、犬の元へ駆け寄る。
『犬さん・・・ごめんなさい。・・・私は貴方が思っているほどいい雌犬ではありませ
ん・・・
 さようなら・・・』
 ロバが離れた隙に、シュミルは残った力を振り絞り、逃げるように外へ向って走り出し
た。
『?!・・・シュミルさん!待つヒン!!』
『ロバさん!!どうすればいいにゃ〜!!』
 シュミルに詳細を聞きたかった。が、今は犬の身の方が心配だった。
『近くの病院へ連れて行くヒン。・・・猫さん、鳥くん、手伝って!』
 ロバの背中に犬を乗せ、毛布をかける。猫もロバに乗り、鳥はロバの頭に乗って【コケ
ーコケー】と緊急信号の鳴き声を出す。ロバは救急車と化して、夜の街中を走り始めた。

ロバは真夜中の人通りのない道を、懸命に走り続けた。どこからか、ピアノの演奏曲が
聞こえる。・・・その音色はとても悲しいものだった。
「・・・にゃ?」
「ショパンの葬送行進曲だコケ!!」
「縁起でもないにゃ!!ロバさん!はやく病院へ!!」
 悲しいピアノ曲と共に、雨が降り始め、彼らは土砂降りの中を病院へと駆け進んだ。

「さよなら」
犬の微かな意識の中でシュミルのその一言だけが聞こえていた。
最後に一瞬だけ見せた、シュミルの涙が、ピアノの曲と同調していたかのようだ。
「シュミル・・・」
「犬くん!!」
 犬は気を失い、猫は大泣きをした。

 雨は強くなり、そして「葬送行進曲」の音色も次第に強くなっていた。

【『続・ブレーメンの音楽隊』・・・犬の為の行進曲(2)へつづく】

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