第86回テーマ館「怖い話」



濡れた黒髪 cinos [2013/07/14 07:10:03]


私がその女を見かけたのは、墓地でだった。

 彼女は急な雨にあったかのように、全身濡れていた。

 黒髪が顔に張りつき、白い肌を際立たせていた。

 美しい女性だった。

どこかで会ったことがあるような気がした。

 「あの、大丈夫ですか…」と私はためらいがちに声をかけたが、

 彼女には聞こえなかったようだ。

 彼女は全身から水をしたたらせたまま墓地を出て、歩いていく。

 乗り物に乗る様子もなく、歩いていくので、この近くに住んでいるのかもしれない。

 私はふらふらと、彼女の後を追いかけた。

 雨に濡れてぴったりと洋服が彼女の体に張りついているので、

 体の線がはっきりとわかる。

とても魅力的な後姿だった。

 私は魅入られたように彼女の後をついていった。

 彼女はやがて古びた一軒家に入って行った。

 彼女はベルも鳴らさず、何も言わずに入って行った。

 私は家の前まで行くと、表札を見た。

 山田というよくある名前だった。

 私はドアを開けて、中をのぞいた。

 人気がしない。

 「…こんにちは」私は中に向かってためらいがちに声をかけた。

しかし返事はなかった。

 「こんにちは」私はもう少し大きな声で言ってみた。

やはり返事はない。

 私は家の中に入って行った。

 家の奥まで入っていくと、そこには仏壇があった。

 煙が上る線香の向こう側に、彼女の笑顔があった。

 彼女の写真。

 彼女は亡くなっていたのか…。

すると彼女は幽霊…。

 私はゾクゾクとした。

その時、仏壇のそばに置いてあったスクラップブックが風もないのに開いた。

 「溺れた女性を助けようとして男性も死亡」

そして彼女の写真と並んでいたのは、

………私の写真


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