第65回テーマ館「図書館」



大学時代の友だちと図書館で再会を果たす しのす [2007/04/07 04:05:49]


 「書庫のこの本をお願いします」と閲覧依頼票を出した男の顔を見て、僕は驚いた。
 「長瀬」
 「あ、島村」

 長瀬は大学時代の友だちだった。
 他の二人の友だちと四人で、しょっちゅう徹夜麻雀をしたものだった。
 長瀬はマニュアル人間で、何でもまずマニュアルから入る男だった。
 最初は麻雀のことを全く知らなかったが、入門書から数冊の麻雀の本を読み、
実践を重ねるうちに、最終的には我々の中では一番強くなった。
 スキーに行った時もそうだった。
 麻雀仲間の四人で、せっかく雪の多い地方の大学にいるんだからスキーでも行くか
という話になった時に、雪国育ちの癖に全くスキーをしたことがなかった長瀬は、
まず本を読み始めて、やがてビデオを見たり、テレビのスキー講座を見たりして
いざみんなでゲレンデに立った時に、一番上達が速かった。
 麻雀仲間の一人が結婚した時、僕と一緒にスピーチと簡単な手品をしたが、
あの時も本を読みあさり、練習につぐ練習で結婚式を盛り上げた。
 その後長瀬も僕も結婚し、それぞれの生活が忙しくて、疎遠になっていた。
 それがたまたま僕の働いている図書館で再会を果たすことになったのだ。

 「ひっさしぶりだなぁ。美人の奥さんは元気かい」
 僕はアイドル似の長瀬の妻を思い浮かべてきいた。
 「まあな。昔の面影は微塵も残ってないけどな。君の方も」
 「ああ。三人子ども産んで、強くなったけど」
 「子どもがいたら幸せだろうね」長瀬は寂しそうに笑った。
「図書館に勤めていたとは知らなかった」
 「今年から異動でね。でももともと本が好きだったから、良かったよ」
 「良さそうな仕事だね。お前にはあっていそうだ。あ、この本、頼むよ」
 「はい、かしこまりました」僕は営業の顔に戻って言う。
「しばらくお待ち下さい」
 書庫の本なので、取りに走ろうとして、閲覧依頼票に書かれたタイトルを見て、僕の足
は止まった。
 『クリッペン事件』『浴槽の花嫁』『悪妻に捧げるレクイエム』『ハードボイルドの経
済学 プロの殺し方教えます』『ザ殺人術』『完全自殺マニュアル』
 …妻を殺す本や殺人の本ばかり。
 まさか。
 僕はカウンターの向こうの長瀬を振り返った。
 長瀬は暗い目をしていた。



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