第60回テーマ館「嘘」



初夢 しのす [2006/01/11 21:16:34]

 ドアが開いて姉が部屋に入ってきた。姉は顔から体から血まみれで、息も絶え絶えという感じだった。
 「ど、どうしたの」僕はすっとんきょうな声を上げた。
 「ぜぇぜえ、どうしたって、ぜぇぜぇ、お前、知らないのかよ。ぜぇぜぇ」
 「な、なにが」
 「ゾンビだよ、ぜぇぜぇ、正月に不思議な光が、ぜぇぜぇ、地球を覆って、ぜぇぜぇ、死者が甦ってよ」
 「ったく、そんな映画みたいな。正月早々嘘ついてばっかじゃない」
 「ぜぇぜぇ、嘘じゃねぇんだよ、ぜぇぜぇ。母さんたちも、父さんたちも…」
 その時、ドアがバンと開かれて、ゾンビと化した父さんと母さんが部屋に入ってきた。

 「うげっ」
 はねおきたら、自分の部屋のベットの上だった。
 正月早々気色の悪い夢を見たものだ。家族がゾンビになったって。
 んな、馬鹿な。

 十時になっていた。居間に下りていくと、姉がぼーっとテレビを見ていた。
 「おっせえなぁ。ま、どうせ朝飯、まだだけど」
 「翔太、雑煮食べる?」台所から母の声。「うん」
 「あたし、いんない。だってさー、夢の中で雑煮食いバトルだよ、信じられる?わんこそばじゃないんだから、雑煮、何杯食えってんだよ」
 「で、何杯食べたの?」
 「うーん、おぼえてねぇけど、優勝した」
 「馬鹿ねぇ」母が雑煮を運んできて、言った。
「それって初夢でしょ。初夢って誰かに話したら現実にならないって言われてるのに」
 「へぇー、そうなんだ。じゃ、翔太はどんな夢、見た?」
 生まれつき目つきの悪い姉に見られて、まさか両親がゾンビになって姉も襲われたなんてとても言えなかった。
 「ぼ、僕は夢、見なかった」と嘘をついた。
 「そ」その時、姉の好きなお笑い芸人がテレビに登場して、僕の夢の話はそれっきりになった。

 その後、なんとなく自分の部屋でタラタラとゲームしたり、DVDを見たりして過ごしていた。
 ふと母の言葉が頭に蘇った。
 …初夢って誰かに話したら現実にならないって言われてるのに

 ということは、話さなかったら現実になる?

 …まさかね。

 その時ドアが開いて、血まみれになった姉が部屋に入ってきた。
 その後に続いて、ゾンビと化した父さんと母さんが部屋に入ってきた…。
 なんてことは、まったくない。

 注) 最後のフレーズは伊坂幸太郎「砂漠」から借りました。

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