第60回テーマ館「嘘」



荒井屋静佳は容赦なく しのす [2006/01/16 22:13:55]

 「もう十年近く前のことになりますが」と宇曽部春子が話し出した。
「この近所にはいつも真っ赤な花をつけるつばきがありました。それはもう血のよう
に真っ赤な花で、見る人見る人、この花の下には死体が埋まっているのではないかと
思うくらいで−」
 「ったく、じれったい」と女子高生の荒井屋静佳が口をはさんだ。
「そんなダラダラした長話、聞きたくないっつうの。あんたさ、そんなへたれ話だか
ら、みんなに嫌われんだよ。実際かげでみんなあんたのことボロクソ言ってたよ」
 「えっ、そんな…」
 「そこまで」と頭が卵のようにはげた男が旗を揚げた。
「勝負あった。荒井屋静佳の勝ち」
 宇曽部春子は愕然とした顔ではげた男を見た。
 荒井屋静佳は立ち上がると、「どうも〜」と言ってステージをおりた。
 やがてワンテンポ遅れて拍手が起こった。

 「いやあ、荒井屋静佳、すごいですね。母親の代理で出た女子高生にしては」
 「今回嘘吐五家による新春嘘吐会でダントツです」
 古からある嘘吐四家、宇曽部、法螺吹、五和里、馬屋貸に、江戸時代後加わった荒
井屋の五家は、真性嘘つきの系譜である。彼らは毎年新春に嘘をつく大会「新春嘘吐
会」を行っていた。
 この大会はトーナメント形式で嘘をつきあって、相手に「えっ」とか「そんな」と
か「うそ」とか言わせたら勝ちだった。
 今年は病気で欠場した母親の代わりに出場した荒井屋静佳が、初出場ながら決勝ま
で勝ち進んでいた。
 「さすがA Lierこと荒井屋の一族の血を引いてますね」
 「しかしどうせ優勝は、政治家のKだろ」
 新春嘘吐会にはどういう歴史かわからないが、嘘吐五家に加えて、かならず政治家
が一人出場することになっていた。
 そして毎年優勝するのは政治家だったのだ。

 決勝が始まった。
 「改革なくして前進なし」と政治家が言った。「私は改革を進めていきます」
 「先生。…私、先生が昔母に産ませた子どもなんです」
 「えっ」
 間髪入れず旗があがった。
 「そこまで。荒井屋静佳の勝ち。よって今大会は荒井屋家の優勝」
 政治家は愕然としている。
 場内はわれんばかりの拍手で、皆荒井屋静佳に注目した。
 しかし当の荒井屋静佳は、じっと政治家を見つめたまま、涙を流していた。
 「優勝じゃない。今言ったことは事実なの。…お父さん」
 「えっ…」
 政治家は荒井屋静佳の顔をまじまじと見た。
 場内の拍手はピタリとやんだ。
 あたりはシーンと静まりかえった。
 その静寂を破ったのは荒井屋静佳だった。
 「なんてことは、まったくなし。嘘ぴょーん」
 荒井屋静佳は容赦なく言い放つと、大爆笑した。

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