第60回テーマ館「嘘」



論理パズル part2 hiro [2006/03/15 21:49:21]

 あるところに本当のことしか言わない正直者だけが住んでいる「正直者の村」と嘘しか
言わない人だけが住んでいる「嘘つきの村」がありました。その二つの村はどうしたわけ
か近くにあって、街道から少し外れた道の先から行くことができるようになっていまし
た。
 ある日、噂を聞いた旅人が――実のところは人を騙す事で生計を立てている詐欺師だっ
たのですが――「正直者の村」へ行こうとしました。ところが、善良な村人相手に一商売
しようとしていた旅人は困ってしまいました。なんと二つの村へ通じる分岐点に設置され
ていた案内の立て札が倒れていて、どちらの道がどちらの村へ通じているかわからなくな
ってしまっていたのです。
 するとその時、運がよく道の向こうからこちらへ一人の男が歩いてくるのが見えまし
た。大きな荷物を背負った男に旅人は尋ねようとしました――が、先に男のほうから旅人
に声をかけてきました。
「おいあんた、この道の先には嘘をつかない人間なんていやしないぜ。悪いことは言わね
え、今からでも引き返した方がいいぞ。それじゃあ俺は先を急ぐんでな。あばよ」
「あ、え、ちょ、ちょっと……」
 旅人が引きとめる間もなく、男は足早に街道へ向けて歩み去って行きました。そして一
人取り残された旅人はじっくりと考えました。
 もし、男が嘘つきの村から来たとすると、『嘘をつかない人間がいない』というのが嘘
なのだから『嘘をつかない人間がいる』ということになって、嘘つきの村から来たという
仮定と矛盾する。つまり、男は嘘つき村からは来ていないということになる。
 次に、男が正直者の村から来たとすると、『嘘をつかない人間がいない』というのが本
当だということになる。それは言い換えると『村にいる人間は嘘をつく』ということにな
るから、正直者の村から来たという仮定と矛盾する。つまり男は正直者の村からも来てい
ないことになる。
 そこまで考えた旅人は考えても分からない時はとりあえず行動してから考えるという彼
の哲学から男が来た道へと足を進めました。そしてしばらくすると道の先に一つの村が見
えました。
 村へと足を踏み入れた旅人は村の光景に目を疑い、男の言葉が正しかったことを知りま
した。
 そこに広がっていたのはまるで悪夢のような景色でした。道端にはいくつもの死体が老
若男女を問わず放置され、埋葬されることもなく腐臭を放っていました。家々の中を覗い
てみても、ベッドの上に寝かされた死体やその傍らに倒れた死体等があるだけです。恐ら
くは流行り病が一気に広がり、短期間の内に全滅してしまったのでしょう。もはや正直者
の村は死の村と化していました。
 驚きから我に返った旅人は村の中でも比較的立派な家に目をつけ、そこの住人の死体を
庭へと運びました。そして旅人は詐欺師から墓堀人夫になり、神父となり、最後に盗人と
なりました。
 その家で一晩を明かした旅人は金目のものを持てるだけ持ち、家の住人のために少しだ
け祈り、村を出ました。そして道が嘘つきの村からの道と合流している場所まで来たと
き、分岐点で思い悩んでいる風の旅装の男の姿が見えました。別にそうする義理はなかっ
たのですが、旅人は男に声をかけました。
「おい、あんた――」

   < NEVER END ? >

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