第60回テーマ館「嘘」



ポイント/オブノーリターン 芥七 [2006/03/25 22:39:41]

シャロンはついてない女だった。
彼女はFBIに配属された次の日に、ギャングに家族を皆殺しにされた。
FBIに麻薬取引を妨害されたマフィアの報復の命令を受けたギャングが、
たまたまFBI本部を出入りする彼女に目を付け、たまたま引越しの荷物の残りを取り
に行った彼女の実家に押入り、
結果彼女の家族が犠牲となったのだ。
シャロンが無事だったのは、命令を実行するために夜を待っていたギャングが腹を空か
せて近くのファーストフードに入り、
接客を受けている間に彼女だけが引っ越し先であるアパートへと帰っていたからだっ
た。
理由のわからない不条理な家族の死に彼女は絶望し、復讐に燃えた。
現場に残された数少ない物証や聞き込み、あらゆる捜査を行い、何年もかかり犯人を突
き止め、そして、犯行を決定付ける証拠を手にした。
しかし、シャロンが犯人達を捕まえる事は直ぐには出来なかった。
命令を下したマフィアのボスは何者かに暗殺され、当時犯行を実行したギャングはその
後釜に入る形で幹部に昇進し、マフィアから徹底的な護衛と逃亡策を行われていたの
だ。
時には犯人達を追い詰めたにも関わらず、あと少しというところで逃げられた事もあっ
た。
FBI本部から捜査情報が漏洩し、仲間が犠牲になったこともあった。
シャロン自身が暗殺されそうになったことなど1回や2回ではない。
そんな時、その度に助けてくれたのが相棒のケインだった。
少し優柔不断な男だったがいざという時には頼りになり、なによりFBIの皆が捜査を
やめるように言う中で唯一最後まで私の復讐を手伝ってくれたのは彼だけだった。
ケインには言葉では言い尽くせないほど感謝していた。

シャロンは遂に突き止めた幹部の―家族を殺した憎むべきギャングの潜伏先を突き止
め、これから突入しようとしていた。
そこは築数十年は経っていそうな寂れたアパートだった。
目の前には粗末な造りの木戸。
この向こうに奴はいるのだ。
ここを超えれば待っているのは恐らく銃撃戦。
命のやり取りになるのは必至だった。
木戸をはさんで左側に銃を構え壁に背をしたケインはやや緊張の面持ちで言う。
「覚悟はいいかい?シャロン・・・引き返すならいまだよ」
「ケイン、愚問ね。ここまで来て私が引き返すと思ってるの?」
私がそう即答してやるとケインの顔から静かに表情が消えた。
覚悟を決めたのだろうか。
シャロンはそんなことには気に留めずに言の葉を紡いだ。
「さぁ、行くわよ!ケイン、後方支援をお願い!」
言うやいなや扉を蹴破ると同時に進入、すぐさま銃を構え、叫ぶ!
「FBIだっ!銃を捨てなさい、さもなく、ば・・・?」
・・・が、その意気に反して、開け放たれたドアの向こうには誰もいなかった。
コンクリートがむき出しの壁が広がるだけの殺風景な部屋が広がるだけ。
そこには隠れる事の出来るような柱も、部屋も、クロークもない。
「どういう、こと?」
呆然とするシャロンの米神にコツンと冷たい感触。
「だから、いっただろ?引き返すならいまだ、ってね」
体はそのままに視線だけを横にスライドさせる。
確認するまでも無い、そこにはケインの姿があった。
ずっと彼女を助け、支持し続けてくれた唯一無二の相棒の姿が。
「まったく、お前は馬鹿な女だよシャロン、私が流した偽の情報に踊らされてわざわざ
殺されに来るとはね」
ケイン―そう呼ばれていたマフィアの幹部であり、シャロンの家族を殺したギャングは
呟く。
「ま、そろそろお前にも飽きたし、あの世の家族の下へ送ってやるとするか」
シャロンは引きつった顔で“私”を凝視したまま呟いた。
「うそ・・・」
それが彼女の最後の言葉になった。
渇いた炸裂音の後、脳漿を撒き散らせて彼女は逝った。
家族の待っているだあろう場所へと。

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