第34回テーマ館「機械仕掛けの…/人造人間(アンドロイド)」


氷の心・・・ 北上GENB [2000/07/03 19:32:48]

「おはよう、ラディア」
 ある白い壁と天井。赤い床の部屋で、ベットから目覚めた青年が、椅子に腰掛けている、一人の女性に云った。
 そして女性も、それに応えて、
「おはようございます。マスター」
 と、淡々と云い放った。
 目は大きく見開いたまま。瞳はグレイで、髪はロングのプラチナブロンド。美人というべき、整った顔。
 しかし、どこか普通の女性とは違う。
 先ほど、青年をマスターと呼んだことからわかるように、この女性はアンドロイドなのだ。
 その瞳には、人間にあるような、輝きがない。
 この青年によって造られた、無期物質なのだ。

 西暦2XXX年。
 地球から、月から離れた、人工の少ない惑星「ウェイタ189」では、地球から移住してきた人がいる。
 そしてここには、アンドロイドの生みの親。先ほどの青年である、「ケイト」がいた。
 ケイトは、その若さでアンドロイドを生み出したのである。
 そのため、こんな平凡な惑星で暮らしているのは不自然であろう。
 無論、地球側でも、ケイトの所在は追っている。だが、さすがにこんな惑星まではやってこないのである。
 惑星の人も、今時珍しく情に厚く、その事を黙っていてくれているのだ。
 それに、ケイト自身。地球なんてつまらない所にはいたくないのだ。
 アンドロイドができれば、すぐにそれを量産し、自らの力で生活するのを拒んだ。
 ケイトのアンドロイドは、あくまで芸術作品なのだ。
 まあ、制作者がどうこう云ったところで、もう遅いのだ。
 とにかく、アンドロイドで溢れかえっている、地球なんかにいるより、アンドロイドが存在しない、この惑星で生活しているのだ。
 そう、この惑星にいるアンドロイドは、ケイトが造った、最初で最後のアンドロイド、ラディアだけなのだ。

「今日は、僕が朝食を作ろう。ラディアは座っていなさい」
 そう、ラディアに言い聞かせると、ケイトはキッチンの方へと歩いていった。
「・・・・・・」
 ラディアは、ただ黙っているのみ。

 マスターは、私のマスターでいてくれないのですか・・・?
 私は機械だから、余計な事を考えてはいけないのですね・・・

 そして朝食をとり、ケイトは、この町の集まりへと出かけていった。
 町役場の集会に出るなんて、なんとも平凡なのだろうと思うわれるのだが、それでケイトは満足だった。

 ラディアは一人でお留守番・・・
 でも寂しくはないの。
 だって、そういう機能がないから。
 マスターの側にいたくても、命令違反はできないの。
 でも、こんな事を考える、コノ意識は何?
 何故、こんな事を考えられるの?
 そんな機能はないのに・・・
 機械は人のマリオネットなのに・・・
 こんな辛い思いをするのなら、こんな意識はいらないよ。
 調整をすれば、直るかな?
 こんなに切なくても、悲しくても。
 泣けないのだから・・・
 私は機械だから・・・

 もう6時だ・・・

 ラディアは、内臓されている時計を確認して、今度は窓から外を見た。
 外は薄暗く、雨がポツポツ降ってきていた。

 マスターは傘を持っていかなかった。迎えにいかなきゃ。

 あくまでマスターを第一思い、自分で判断して行動するのが、アンドロイドの勤めであるから。

 そう、これは私の義務なの。マスターの事を思って、迎えに行ってはだめなの。

 しばらく歩いていると、雨はしだいに強くなってきていた。
 そして、街の街灯に照らされた、静かな通りを歩くラディス。
 ラディスは右手で、マスターから「ラディス傘だよ」と渡された、黄色い傘をさし、左手には、マスターの黒い傘を持っている。
 街角を曲がった所で、ラディスの視界には、マスターケイトの姿と、もう一人。見知らぬ女性の姿が飛び込んできた。
「あ、ラディス」
 大きな街路樹で雨宿りをしていたケイトは、街角で黙って立っていたラディスの姿に気がついた。そして、隣にいた女性も。
 そしてラディスは、相変わらずの無表情のまま、スタスタとケイトの元へ。
「お迎えにあがりました。マスター」
 そう淡々と述べると、スッと黒い傘をケイトに差し出した。
「ありがとう、ラディス」

 マスターは、いつもの笑みで応えてくれた。
 でも、私の心は、むなしかった。
 ムナシカッタヨ・・・

「あ、この子がケイトさんの?」
 傘を受け取るケイトに、女は問う。
「うん。 あ、どうしようか? セリアさんを置いていけないし・・・」
 傘は一つしかないから。
「ラディス、君は先に帰ってていい。僕はセリアさんを送っていくから」
 マスターが云った

 そう・・・これは命令なのね・・・

「ハイ。ワカリマシタ」

 雨はザアザアと、しだいに強くなっていた。
 時間はもう、夜の9時をまわっていた。
 9時といえば、ケイトの寝る時間である。

 マスターが寝る時は・・・私はベットの近くの椅子に腰掛けていないといけないの。

 命令通り、ラディスは朝と同じように。近くの椅子に腰掛けていた。

 チッチッチッチッチ・・・
 こんな時代にはふさわしくない、古いタイプの時計の秒針が、時を刻む音と、雨がアスファルトを打つ音だけが部屋に響いていた。

 マスター、今日はどうでしたか?
 何かいいことはありましたか?
 マスター、今日はどうでしたか?
 何かいいことはありましたか?
 マスター・・・
 マスター・・・

 ラディスは、寝る前に、必ずマスターケイトに云う言葉を、心の中で連呼していた。

 独りぼっちはいやだよ・・・
 マスターがいないのはいやだよ・・・

 どうしてこんな事を考えてしまうのかな?

 ・・・・・・・・・。

 その時、沈黙の時をかき消すように、バタンというドアの音が聞こえた。

 カチャ・・・
 ドアノブをまわした、静かな金属音と共に、寝室にはリビングの光が、開いたドアの隙間からさしこんできた。
「ただいま・・・ラディス」
 その暖かい声と笑みが、ラディスの空の心を満たしていった。
 そしていつものように。
「おかえりなさい・・・マスター」
と、ラディスの声が、月光に照らし出されたマスターへと・・・

FIN・・・