第34回テーマ館「機械仕掛けの…/人造人間(アンドロイド)」


機械仕掛けのポリティシャン Lepi [2000/08/29 22:55:50]

「これが例のアンドロイドかい?」
庭で試験中のあたしの元へ、ケンが帽子のつばをずりあげながら
歩み寄ってきた。
「そうよ。このレイコ様の最新作なんだから。
 ちょっと、初期動作が終わるまで触んないでよ」
「名前はなんていうんだ?」
「本人に訊いてみなよ」
目にあたる部分に光が灯ると、ケンは話しかけようとした。
が、それより早く、アンドロイドの方からくぐもった声が発せられた。
《Who are you ?》
ケンはきょとんとあたしの方を見たが、肩をすくめて調子を合わせた。
「I'm Reiko's husband. And you ?」
《Me, too !》
哄笑を爆発させたケンを横目に、あたしはすっぱい表情で首を振った。
「前世紀のジョークじゃないか! 君が吹き込んだんだろ!」
「あたしはそんなに趣味悪くないよ……」

とはいえ、やはりあたしが記録させた無数の逸話に紛れ込んでいたのだろう。
実はこのアンドロイドは、政府のお偉方が発注したものだ。何に使うつもり
なのか、もっともらしい理由は付けられているものの、はっきりしない。
一つだけ付けられた条件が、歴史上のありとあらゆる政治的な出来事を
網羅したライブラリをインプットすることだった。
誰が作製したのか知らないが、そのライブラリには古今東西の政治家の
演説や逸話、失言のたぐいまで含まれていた。とすると秘書か影武者にでも
するのか、あるいはもしかすると、どうせ「誰がやっても同じ」ような職務
を代行させるつもりかもしれない。……この国のお上なら考えそうなことだ。
ケンの言葉に対して、アンドロイドは相変わらずとんちんかんな応答を
続けている。

「お前さんの辞書は解析不可能だな!」
《予ノ辞書ニ不可能ハナイ!》
「なら翼をはやして飛んでみなよ」
《翼ヨ、アレガぱりノ灯ダ!》

……言葉は政治家のものだけってわけじゃないのか。
ともかく、歴史上の様々な交渉ごとだの事件だのをインプットされては
いるが、それを自分に当てはめたり、応用するといったことはできるよう
になっていない。今はまだ、ケンの言葉を元に、自分のメモリーにある
情報をでたらめに引き出しているに過ぎないのだ。わざわざ庭で試験して
いるのは動きを見るためであって、人工頭脳の中身はまだまだだ。

《交渉ノ席デハ帽子ヲ取リタマエ!》
「ちぇっ、アンドロイドのくせに生意気だな。あいにくだが
 頭のてっぺんが気になるんでね。屋外では遠慮しとくよ」

あれ、誰の言葉だろう……? と考えていると、アンドロイドはガッチャ
ガッチャと足を踏み出し、手近の杭をズボッと引き抜いた。
「……何のつもりだ、おい?」
それを見たあたしの脳裏に、突然古い伝説の一つが浮かんだ。

−15世紀、オスマン・トルコと戦争状態にあったルーマニアのヴラド公は、
トルコの使者がターバンを取らなかったため、その頭に釘を打ち付けた……

悲鳴とともにケンを突き飛ばしたあたしの頭上に、杭の尖った先端が降ってきた。