『テーマ館』 第32回テーマ「狂気」
ただ一度の、夢とするならば。 SOW・T・ROW 2000/04/11 14:03:35
可憐な花。石楠花を、葉の一枚一枚、握り潰していく。
緑色に染まる手の平を、口の端を上げ、赤の隙間から更なる真紅を繰り出して、
綺麗に嘗め回す。
あの人は、石楠花が好きだった。
それだけで、何かが厭だった。
幾度も、幾度も幾度も幾度も幾度・・・・この花を引き千切ってしまいたくなった事か。
あの人の鋭い目が、華奢な指が、優雅な体が、そして甘美なるその声が、
その花に向くことが、耐え難い、まるで腸を捏ね回されているような、
そんなどうしようもない遣り切れ無さと苦痛だった。
全てが私に向いて欲しい。来て、私を見て、体を裂いて、全てを受け入れて。
でも、もうままならない。
だって、あの人は、死んでしまったんだから。
ははははははははははっはははっははははははははははは!!
涙が込み上げ溢れ出て、高らかな笑いが口を吐き、焦がすような熱が頭の心をぼやけさせ、
体中が快感に震えた。
何もかもが私を通り過ぎ、そして、取り残していった。私の意志さえも、行ってしまった。
後に残るのは、思い出という残響音。
そこにはいつも、石楠花がいた。
殺意。殺してやりたい。壊してやりたい。崩して、全てバラバラにしてやりたい。
葉を一枚一枚引き千切る。緑の液は渇いた手を湿らせる。
あの人といた石楠花。いつも、一緒にいた。まるで、一つのように。
もしかしたら、そう、石楠花は、貴方かもしれない。
愚鈍に木霊する思考とは反対に、それはあくまで素敵な空想だと知っている。
でもね、素敵だから。甘美だから。そんな空想の中で、埋もれる。
だから、全てを嘗め回す。ただ、一滴も逃さない。そして、私の中で生きて。
花も根も土さえも、全部。
全てを食べ尽くしたら、きっとそこには何も無い。
一つ葉を引き千切る。それを握っては、全て飲み込み、何かが満ちる。
何も無い。それもいいかもしれません。ねえ貴方。
憎い花。愛しい花。全部同じ。石楠花。それは、綺麗な夢。
全部食べ尽くしたら、きっと貴方は私に微笑む。
ふふふふふふふふふふふふふふふふ・・・・・・・・。
そして、何かが、咽に詰まった。