『テーマ館』 第32回テーマ「狂気」


落語7 ゆびきゅ 2000/04/20 17:25:00



      ♪テケテンテンテンテン...テテン♪
      −ええ、このご時世、手っ取り早くタレントさんになるにはオーディションなんて方法がござ
      いまして、巷では、オーディション番組なんてぇものもあるそうですな。まぁわたしが落語の
      オーディションを受けてりゃぁ、一発で落とされてたでしょうが。

      「おい、ヤス! 起きろってんだ!」
      「むにゃむにゃ...」
      「いつまで寝てやがんだよ! 今日はオーディション受ける日だろうが!」
      「むにゃ...あ、兄貴!」
      「兄貴じゃねぇよ、まったく。ほら、とっとと着替えな」

      −この不況、ヤクザ稼業の皆様も無縁ってわけにはいきませんで、二枚目の子分ヤスは、将来
      の金ずるになることを見込まれて、オーディションを受けさせられるハメになったわけです。

      「あ、兄貴ぃ。オレはこういうの苦手なんスよぉ」
      「な、何緊張してやがんだ。それからここで”兄貴”なんて呼び方すんなよ」
      「ふ、ふ、震えが止まんないんスよぉ」
      「ほら、腕出しな。いいもん打ってやっからよ。これで緊張も解けるだろ」

      −そうして、ヤスの出番が来ます。居並ぶ芸能事務所のお偉方を前に、ヤスはなけなしの演技力
      を披露します。

      「うりゃぁ、おりゃぁ、どうだぁ!参ったかぁ!」
      「お、いいぞ! オレにはどう見てもサムライにしか見えねぇ。あいつ、こんな特技持ってやが
      ったか」
      「うぉりゃああああ! ここで会ったが百年目、このオレ様から逃げられると思ったかぁ!」
      「バ、バカ! その人につかみかかってどうすんだよ! あ、テーブルひっくり返しやがった!
      やっぱ、ヤクがヤバかったか...」
      「どりゃああ! 死にやがれえ! すどりゃああ!」
      「あ、ダメだ...これでこのオーディション、勝機(正気)を失ったな...」

      −ヤスはオーディションが終わっても、目をギラつかせて、まるで敵に囲まれているかのよう
      なポーズをとったままです。

      「くそ、ヤク(役)から抜けられないのかよ」

      −額から脂汗をダラダラと流し、奇声を発し続けるヤスに、周囲の人間は脅えるばかり。つい
      に、受付の女性は「警察を呼ぶわよ!」と電話の受話器に手をかけました。

      「け、警察はヤバい...早くヤスを止めないと...このままじゃノー(脳)が言え(癒え)
      ないぞ」

      −こうしてヤスは薬の魔力にとりつかれ、オーディションが終わってもずっと、注射器ととも
      に生活を送るようになったわけです。ええ、オーディションはおっこちましたとも。

      「あ、兄貴ぃ。ヤク、ヤクくれよぉ」
      「ば、バカ野郎! こんな痩せ細っちまいやがって...すまねえ、全部オレのせいだ」
      「兄貴のせいじゃねえさ...このオレがだらしがねえばっかりに」
      「ヤ、ヤス...」
      「でもなぁ、兄貴。これはこれで良かったって思ってるんだ」
      「なんだって?」
      「オレ、しまりのねえ生活してただろ? これで、張り(針)のある人生が送れるってさ」

      −しかし、やはりヤクはヤスの寿命を縮め、ついにはぽっくりいってしまいます。何とも兄貴
      不幸な弟分です。

      「おい、ヤス、線香あげに来たぜ...なんでオレより先にいっちまったんだ...それにし
      てもヤス、お前、ずいぶん貯め込んでたんだってなあ...お袋さんにもこんなデカい墓立て
      てもらってよ...ああ、いつもお前言ってたよなあ。『隠せ!遺財』(覚醒剤)ってなあ」

      ♪テケテンテンテン....テテン♪