『テーマ館』 第32回テーマ「狂気」


届いて 〜童夢〜 SOW・T・ROW 2000/04/28 13:52:33


        届いて欲しい。僕の話を聞いて欲しい。何で、皆、僕の話を聞いてくれないの?

      「おい。カズヤは?」
      「知らないわよ。私に聞かないで」
      「何だ。その態度は!」
      「威張るだけが取り柄の貴方に言われたくないわ……」
      「誰のおかげで飯が食えると思ってんだ!」
      「頼んだ覚えはないわ……」

        大きな音に掻き消されて、誰も僕の声が聞こえないんだ。なら、手紙を作ろう。

      「何とかしろ!もう、ずっと学校行ってないんだろう?」
      「だから、私に言わないでって言ってるでしょう?」
      「大体なんであんな事に…」
      「知らない。知らない知らない知らない知らない知らない知らない!!」

       手紙を送ろう。そうすれば、僕の話を聞いてくれる。僕が言いたいことが解る。

      「ど……どうしたんだ…」
      「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ……」
      「おい。顔色が悪いぞ」
      「もう!何で私こんな所にいるの!! こんな事なら結婚しなければ良かった。子供なんか産まなきゃ良かった!!!」
      「な…なんだそれは!!」

        昔お父さんが言っていた。紙飛行機に願いを書いて、空に飛ばすとそれが叶うって。

      「だってそうでしょう!? 私まだ二十五よ!! こんな所で監禁状態で!
      頭がおかしくなるわ!!」
      「誰も閉じ込めてなんかいないだろう!!!」
      「いなくなれば、いやがおうでも貴方は私を閉じ込めるでしょう!!!友達はみんな今ごろ遊んでいるわ! 
      私何回誘いを断ったと思っているの!?」
      「じゃあ、何で結婚したんだ!!!」
      「知らないわよ!! 分からないわよ!! もういや!」

       これが、お母さんにも届けばいい。だから、僕は何回も外に飛行機を飛ばした。

      「だって、お前、俺が子供が欲しいって言った時…」
      「言ったわよ!! 嬉しいって言ったわ!! でもね、本当にそう考えていたと思うの?」
      「何?!」
      「嫌だったわ。子供なんて。私の自由が全くなくなるのよ! 考えられないわ! だから、今は本当に地獄よ!!
       遊びたいわ! 私だって! それなのに。ただでさえ、苛々するのに、貴方は子供のことばかり、子供は言うこと聞かないし……」

        何回飛ばしても、その願いは叶わない。僕は、飛ばし方を間違えたのかな?

      「…わ…悪かったよ。これからは」
      「そんな同情めいた愛情ならいらないわよ!! 馬鹿にしないで!!」
      「いい加減にしろよ!! ほとんど自由にさせてやってるじゃないか!!
      欲しいものは、買ってやってるじゃないか!!」
      「本当に欲しくて頼んでいるものなんかないわ!! 全部貴方を試してただけよ!!」

        何処に飛ばせばいいんだろう? お母さんの心に届いて欲しいのに。

      「……とにかく、もう一度ゆっくり話し合おう。今夜だ。俺は会議があるから」
      「そうやって、いつでも逃げるのね。いっそ会社と結婚したら? 私と別れて」
      「……お前のことは愛しているよ」
      「馬鹿にしないで……」
      「じゃあな」
       
         お母さんの心はどこにあるんだろう? 気持ちは胸の中だってお父さんが言ってた。

      「おい」
      「何よ?」
      「カズヤが、部屋から紙飛行機をたくさん飛ばしているって苦情が来ている」
      「……いい加減にしてよ……」

        胸の中に届けばいい。僕の気持ちが、聞いて欲しい話が、届けばいいんだ。

        私は階段を上っている。カズヤが、また何かを始めたらしい。
      前は大きな声で窓から叫んだり、人を呼んだりしていた。
      なのに私には、ボソボソと苛つく様な声で何かを言う。それが、どうしてもたまらなくて、
      私はこの頃、あの子を殴っている。殴れば、何かを言うと思ったからだ。
      しかし、殴れば、何も言わなくなった。それはそれで、私には良かった。
      煩わしいのが一つ消えたのだから。
      でも、それ以来、私は、あの子を殴るのが癖になってしまった。
      あの子を殴る度に、新しい自分に成れるような昂揚感を覚えていた。
      それが、日々の生活の中で唯一の楽しみになっていたのだ。
      痣だらけの顔で、学校なんかに行かせられない。だから、閉じ込めている。 
        今日は、公然の理由で殴れる。いつもより、もっと。
        私は、あの子の、真っ暗な部屋を開けた。あの子の気配はしたが、
      どこにいるのか分からない。部屋の中央まで来た。見回した。ドアが、急に閉まった。
      「カズヤ!!」
        何をしているのだ? そう思った時、私の足が重いっきり前に引っ張られた。
      仰向けに倒れた。頭を打った。意識が朦朧とした。何が起こったのだ?
      何も言わないグズなあの子が、まさかこんな事をするなんて。私は、頭に血が上った。
      しかし、私が起き上がろうとした時に、上にカズヤが飛び乗った。腕を足で抑えられる。
      手には何か持っている。いや、周囲にも何かがある。……紙飛行機だ!
      なんだ、この夥しい数の紙飛行機は!! カズヤの手の中にも、紙飛行機で溢れていた。

        お母さんに届けたい。僕の言いたい事。聞いて欲しい事。だから、胸の中へ入れろ!!

        いきなり紙飛行機を口の中へ押し込み始めた。
      「うごぉ!!ふ!」
        どんどん押し込む。喉の中に侵入し、粘膜を傷付け始める。呼吸ができなくなる。苦しい。
      それでも、押し込む。あの子は、とんでもない力で私を押え込み、紙飛行機を入れる。 
      どうしようもなくなる。頭に血が上る。何で、こんな事になるの? だから、結婚なんか。
      「飲んで。胸の中。飲んで」
        カズヤが何か言っている。頭がぼんやりとして、もう何もかも分からなくなった。
      もおいや。眠りたい。眠い。眠ろう。もう、何もかも忘れて。
      私は、過去が逆行する夢を見ながら、眠りについた。

        僕の願いが届いた。お母さんは今、僕の話を聞いてくれている。でも、何も返してこない。
      でもいいんだ。聞いてくれれば。僕の話。次は、お父さんにも聞いて欲しいな………。