第50回テーマ館「記念」



喫煙記念日 長谷 [2003/08/28 06:40:11]


女はタバコが好きだった。
男はタバコが大嫌いだった。
女は男のためにタバコを止めた。
女は男のことが心底好きだったから。

数年が経った。
女は男にふられた。
否、女が男をふったのかもしれない。
どう呼ぼうが、二人の関係は、

別れたのだ。

詳細が知りたい?
それは本人に聞いてくれ。
本人同士の問題なんだから。

原因?
原因と言えるかどうか・・・。
女は何かと記念日を愛した。
何かにつけて、記念日を二人の間に作った。
男は記念日が嫌いだった。
束縛されることが嫌いだったから。
結婚もその中の一つかもしれない。
彼は結婚という、人生の記念すら虫唾が走った。

女は考えを変えた。
今までとは逆に、彼女は記念日を捨てて行った。
そうすれば彼がまた戻ってくると信じた。
女はまず、自分の誕生日を忘れた。
そして彼の誕生日。
給料日に両親の誕生日。
ありとあらゆる記念日を忘れて行った。
そして、彼との想い出さえも忘れて行った。

それで気がついた。
いったい自分は何に傷ついていたのか!?と。

思い出そうにも思い出せず、彼女は悩んだ。
悩んで悩んで、どうしようもなく、いてもたってもいられなくなった。
それで、机の引出しを開けた。
タバコが一箱。
封が開いている。

彼女は思い出した。
自分が禁煙していたことを。
でも、なぜ禁煙していたのか、思い出せなかった。

数ヵ月後。
女はタバコを愛した。

数年後、女は或る男を愛した。
奇しくもそれは、前と同じ男だった。
でも彼女はそれが分からない。

女は相変わらずタバコが好きだった。
男は相変わらずタバコが嫌いだった。

女は男のためにタバコを止めなかった。
女は男よりもタバコが心底好きだったから。

そして、記念日すらも作ることはしなかった。

彼女の中の唯一の記念日。

それは、喫煙記念日。


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