第50回テーマ館「記念」



遠い日の記憶〜歌い始める日々〜 朱猫 [2003/09/08 22:28:41]


ああ・・・今日もまたやってしまった・・・。
大事なはずなのに・・・忘れちまったのかよ・・・。
どうしておれはまた繰り返しちまうんだ・・・。

俺はあの日の朝、明日に控えた恋人との付き合い始めた記念日についていろいろと話し合ってい
た。
二人だけでパーティーをするのもいいだろう。どこかに出かけるのもいいだろう。
2時間程度話し合った結果、その日には遊園地に遊びに行くことになった。
月並みだが毎年のことだ。去年はパーティーを開いたし、その前はカラオケで一晩中歌いあって
いたか。
ともかく、車で行くことと、時間をに決めた俺たちは、その後も色々と途方もない話をしてい
た。
その後、昼飯を一緒に食べてから、彼女が用事があるといって俺と別れた。

時間的にはまだ明るかったからなのか、俺は久々に近くのライブハウスに行くことにした。高校
生のころに同じクラスの奴らとバンドを組んで、プロになろうなどと夢見ていた場所だ。俺はそ
のときまだギターが下手で一人だけ先に脱退してしまったが。その後も彼らはバンド活動を続け
ているらしい。ほとんど趣味の世界なのだろうが。
久しぶりにギターを見た俺は、高校生の時を思い出してギターを手にとった。昔と変わらない感
触。今もまだ引けないし、これからも練習しようとは思わない。最近は何かと新しいことに手を
出すのを控えている。どうせ興味本位で終わってしまうのだから。
隣の部屋では誰かが演奏をしている。3人ほどだろうか。ギター、ベース、ドラム。昔の自分と
変わらない。多分彼らも途中で夢なき夢を捨てて現実へと飛び立っていくのだろう。
俺は彼らの初々しい演奏と共に外に出て行った。

帰り道では、中学校の友達とあった。生まれがこの街だからあまり珍しいことでもないが。
話を聞くとこいつはさっきまでいたライブハウスに遊びにいくらしい。皆音楽が好きなのだな、
などとしらけた風に答えると彼は反論してきた。そのときの言葉は今も覚えている。
「昔はお前が一番好きだったのにな。何で理由もなしにやめちまったんだ?何か嫌なことでもあ
ったのか?」
改めて質問されると今では正確な答えがでてくるかはわからない。ただ昔、好きな子との約束を
すっぽかして、ライブに参加しただけなのだが、そのときは相手がひどいショックを受け、嫌わ
れてしまった。なんとも小学生のような話だがあの時は相当落ち込んで、全てを音楽のせいにし
てしまたのだろう。それからというもの、音楽に対してはあまり情熱を向けなくなってしまっ
た。そのときはナゼだかわからないが、そいつにそのことを話していた。
そいつは話を聞いた後馬鹿にもしないで、笑いながら一言「彼女にいい土産話ができたよ」など
といって立ち去ってしまった。
俺はそんなことを気にとめることもなく、自分の家に帰った。

次の日。昼過ぎ頃に彼女を車で迎えにいって、約束していた遊園地へと車を走らせた。
ドライブでの他愛無い話。いつもは、昨日のテレビの話や遊園地の話などをするのだが今日はな
ぜか違った。ふと自分でも思いがけないことを言ってしまった。「音楽はあまり好きじゃないん
だ」と。昨日の印象が強かったのだろう。言った後にしまった、という感覚はあったが、別段話
してどうなるものでもないと思った俺はそのまま昨日の話を彼女にした。彼女は話を聞いた後
に、笑いながらMDを車のコンポに入れた。
♪〜♪♪〜 ♪♪〜♪〜
聞いたこともないような音楽が流れてくる。少し切ないような、昔を思い出すような曲だった。
「これはね、昔好きだった人がよく歌ってた歌なの」
なんともなしに彼女が言い始める。
「今はもうどこにいるんだか知らないけど、この歌を聴くと彼を思い出すの、昔のことも。過去
のことだから忘れようとしたんだけどね、やっぱりこの歌が好きになっちゃって。今も聞いてい
るの」
なんとも申し訳のない話である。自分は音楽が嫌いといっておきながら、彼女は昔の彼との思い
出の歌を聞かしてくれる。自分は彼女を裏切ったような感じがしてならなかった。
「音楽があんまり好きじゃないのはなんとなくわかってた。けど、この歌だけは聞いて欲しく
て」
その後は、お互いに会話もせずにただその歌を聴いていた。

しばらくして遊園地についた。お互い、なぜか口数があまりなく最低限の言葉しか交わさなかっ
た。遊園地でのこともあまり覚えていない。ただ彼女が極力静かなところを選んでいたのが気に
なった。

そして、今は夜。俺はベットに仰向けになって今日のことを思い出していた。昔は音楽が好きで
ああなった。今回は音楽が嫌いといってああなってしまった。彼女はあまりいい気分ではないだ
ろう。少なからず怒らせてしまったのかもしれない。ああ・・・、どうしようか・・・

ガンガンガン!!

玄関から戸をたたく音が聞こえる。インターフォンを使えばいいのに、よほど興奮しているのだ
ろうか。いそいで玄関に出た先には、昨日会った友達がいた。
「出かける準備しろ!早く!」
何の説明もなく怒鳴られた俺は何一つ理解できない状況にいた。
「早く!おわっちまう!」
かなりあせっているのを見て、とりあえずはいそいで支度をした。遊園地から帰って、そのまま
ベットに倒れこんだおかげで支度は早く済んだ。

友達の車に乗り込み、向かった先は昨日行ったライブハウスだった。音楽が嫌いといったのにな
ぜココに送ってくるのか。
「そう煙たがるな。ホレ早く。3番の部屋だ」
そう聞かされては行けないはずもない。しぶしぶと言われた部屋の前まで来てみる。この中に何
があるのだろうか。しずんでいる俺は力なくその扉を開けた。

そこには、俺の彼女が、客を前に歌を歌っていた。彼女の好きな、俺に聞かせてくれた、あの歌
を。
俺は入り口でその光景をずっと見ていた。昔のように、一番大切なものを見ていたころと同じよ
うに。
「間に合ったか?・・・よかったぁ、急ぐ必要もなかったかな」
裏から友達がなんともなく話をかけてきた。
「彼女、ここが好きらしいぜ。俺の彼女と同じバンドなんだ。しかも今日が始めてのライブなん
だと。聞かされてないのか?」
初耳だった。音楽が好きではないというのを察されたおかげで、そういうことは話さないように
心がけていたのだろう。
「この歌さ、昔のお前らのバンドがよく歌ってたよな。初めてのライブで、こいつを熱唱してた
なぁ」
自分は途中で抜けてしまったのだから詳しくなどは知らない。だが、きっと彼女も俺らのバンド
を見て夢見ていたのだろう。このステージに立つことを。

ライブが終わり、客が掃けてきていたときに彼女がこっちに向かってきた。
俺は申し訳なさそうに下を向いて、じーっとしていた。なにも言えなかったのだ。
「やっぱりすきなんだね、歌」
その言葉をいわれて俺ははっとして彼女の顔を見た。そのとき、彼女はただ笑っていてくれた。
おれは忘れていたんだ。昔の事も、好きだった歌のことも。
「二人で歌おうよ。好きだった頃のようにさ」
俺はステージにあがって、マイクを持った。彼女はギターを持っていた。

その歌が夜のライブハウスに響き渡っていた。あんまりうまくないけれど、これから練習しよ
う。昔はもっとうまく歌えたのだから。彼女に聞いて楽器をまたやり直そう。こんどはベースで
もやろうか。ギターは彼女がやってくれる。

今日からが、また新しい記念日だ。こんな記念日も悪くない。
共に歌い始めた記念日として、今日という日がもっと忘れられなくなるだろう。

彼女と俺が最初に名前を呼び合った日、彼女と俺がはじめて同じ歌を歌う日。
この歌が好きだったことを、思い出せた日

そして、観客のいない席に向かい、俺は歌いつづけた...



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