第35回テーマ館「結婚/出逢い」


ウェディングケーキのできるまで 虹乃都 [2000/09/03 10:08:44]


注:このエッセイは、結婚式の手作りパンフレットに掲載したものを、ネット用に
  手直ししたものです。
          *
          *
 本日はお忙しい中お越し下さり誠にありがとうございました。
 披露宴はいかがでしたか?
 ここまでこぎつけるのにはちょっとした道のりがあり、多くの面白い体験をする
ことができました。その体験を皆さんにお話したいと思い、すべての工程を文章
にまとめていましたが、かなりのページ数になり、ここに載せることができなくなっ
てしまいました。
 そこで今回は、私が一番こだわりと妥協の葛藤に悩み続けたウェディングケー
キの話だけを紹介しようと思います。興味のある方は引き続きお読み下さい。
          *
          *
 私はチャペルやスモーク、ゴンドラなどには全く興味がありませんでしたが、
これだけはお金をかけてでも叶えたいことがありました。それは、
「大きなイミテーションケーキではなく、小さくてもいいから生ケーキをカットして、
みんなに振る舞いたい。そしてできれば、そのケーキも自分で作りたい」
 というものです。中学生の頃、あの大きなケーキが切るところ以外食べられず、
招待客が食べるケーキは別に用意してあると聞いてショックでした。だから自分
の時には本物のケーキを……と思っていたのです。
 そして、いよいよその時がやってきました。しかしお菓子作りに熱中していた
中高生の頃なら、スポンジケーキぐらいお茶の子さいさいだったでしょうが、大
学時代は自炊生活だったので、三食以外に台所に立とうという気にはなれず、
ほとんどお菓子は作りませんでした。さすがに台から作るのは不安なので、ケ
ーキ屋さんで台だけ焼いてもらって、当日の朝友達と一緒に飾り付けをしようと
いうことになりました。
          *
 そこでH荘(式場)の係の人に作ってもらえそうなところを紹介してもらって
(ここでは、衣装や引き出物など、いろいろなものの業者が特定されておらず、
H荘が指定した幾つかの業者を自分で直接回って、自分で交渉して決めるシ
ステムになっています)、まず行ったのが、大分では有名なKでした。
 一応生ウェディングケーキはありましたが、デザインは決められていて、完
成品として工場から直送されるので、台だけでは無理だということでした。し
かも、
「手作りケーキは個別に分けると見栄えが悪くなりますからね。やっぱり、切
るのと食べるのは別にした方が、見栄えもいいですね」
 などと言われ、二度とこの店に来てやるものかと思いました。私たちが求
めているのは「見栄え」ではありません。「自分たちだけの、友達と作ったケ
ーキ」という、満足感なのです。
          *
「他の店に行っても、同じこと言われるかなあ」
 私は砂海原(夫)に力なく尋ねました。
「たぶんね」
「……だったら私、自分で台も作ってみる!」
 咄嗟の思いつきでしたが、よくよく考えてみると、元はそうしたいと思っていた
のです。それならもっと満足感を得られるだろうし、ケーキ屋さんを煩わせる
こともないのです。
 しかし、そのことをお義母さんに話すと、渋い顔をされました。
「家で(招待状を送る直前なので)百人分のケーキを作るのは大変よ。どうして
も作りたいというのなら、どこか機材の揃っているお店を借りて作った方が
いいよ」
 そう言われてみるとなるほどと思い、今度はケーキを焼かせてもらえる店を
探そうということになりました。それなら引き菓子業者に頼んで、ついでに引き
菓子もそこのものにすれば無理も聞いてもらえるだろうと、ケーキの引き菓子
リストのお店を当たることにしました。
          *
 まず行ったのは「ズームイン朝」でも紹介されたという和菓子の老舗でした。
和菓子の老舗だと知ったのはその店に着いてからです。リストには「ケーキ・
菓子 創業明治13年以来1つ1つ手造り、防腐剤等は使用しておりません」
としか書かれていなかったからです。和菓子ばかりが並び、ケーキといえば
カステラぐらいです。
 私はここは無理だろうから、引き菓子の話を聞いたらさっさと出ようと思っ
てました。無謀にも砂海原は、
「実はウェディングケーキを自分たちで作ろうと思いまして、……(中略)……
ここの店を貸してもらえないでしょうか?」
 と単刀直入に聞いたのです。店の人が中で相談している間、私は、
「絶対無理だって」
 と言っていたのですが、再び出てきた店員さんは、
「うちは和菓子が中心なので……台ぐらいなら焼けるとは思うんですけれど
も、デコレーションの機材は揃っていませんから」
 なんとこう言ってくるではありませんか。私はすかさず、
「台だけで充分です。デコレーションは当日の朝するので」
 と言い、思わず顔がほころびました。ここの引き菓子もなかなか美味しそう
なので、引き菓子の問題もクリアです。
          *
 それでも和菓子屋を無理に使わせていただくよりはケーキ屋の方がいいと
思い、もう少しケーキ屋を回ってみることにしました。
 次に行ったのはWという小さな喫茶店付きのお店でした。店は小さく、中が
薄暗く見えたので、砂海原は思わず、
「やめとこうか」
 と言いましたが、せっかく来たのだからと思い切って入り、砂海原が単刀
直入に話すと、奥からシェフが出てきました。
「どんなケーキを作るんだい?」
「いえ、まだ決めていません」
 やや不機嫌そうに見えたので、私はおどおどしながら答えました。
「ケーキといっても、いろいろあるし……」
 シェフは「この子にケーキという奥深い食べ物を作ることができるんだろうか」
と言わんばかりの目つきで私を見ながらぶつぶつ言いました。
「作ったことはあるの?」
 シェフの尋問は続きます。
「はい。高校時代に作ったことはありますが、最近は全然……」
「式はいつ?」
「11月×日です」
 シェフは奥さんと顔を見合わせました。
「……その時期はちょっと厨房は貸せないなあ。他の時期なら構わないん
だけど」
 どうやら貸す意志はあったようです。そう言われてふとシェフを見ると、何
だか急に親切そうな人に見えてきました。
「まあ、コーヒーでもどうぞ」
 奥さんは私たちに席を勧めて、支度を始めました。
「大変でしょう。今日もずうっと回っているの?」
 話は世間話に変わりました。砂海原が学校に勤めていることを話すと、
「学校の家庭科室はどうだろう? あそこなら道具が揃っているぞ」
 と言ったり、
「料理学校が借りられたらいいのになあ」
 とか、
「H荘の厨房は聞いたのかい? あそこは大きな冷蔵庫があるからケーキ
を入れておけるぞ。ただ、あそこは菓子職人がいないけどね」
 などと、シェフは次々と候補地を考えて下さりました。
 いつも業者回りの時は、ほとんど話すのを砂海原に任せていましたが、
ここでは私も少し会話に加わりました。
「百人だったらどのくらいのケーキがいりますか?」
 と聞くと、シェフは手で大きさを示しながら、
「うーん、……このくらいのが五個か六個ぐらいだろうね」
 と答えました。ついでに引き菓子のことを聞くと、
「うちのアップルパイはイチ押しだね。どこに出しても恥ずかしくない味だよ。
あとはロールケーキぐらいかな」
 と答えたので、お土産にアップルパイを買って帰ることにしました。帰っ
てから食べると、本当に絶品でした。私はアップルパイはシナモン臭いの
であまり好きではないのですが、ここのはシナモンの臭いがほとんどなく、
しかもパイ生地がしっかりしていて、りんごに殺されず調和している感じで
した。皆さんも帰ってからぜひご賞味下さい。私たちはこれ以降、別府に
行くたびにおやつとして買ってます。
 余談ですが、私は胃が弱っているので、本当はコーヒーは飲めません。
でも初対面の人間にここまで親身になってくれる人に会ったのは久しぶり
だったので、嬉しくてすっかり飲み干しました。帰ってから吐き気が続き、
夜も寝つけませんでしたが、それでも幸せな気分は残っていました。
          *
 もう1つ欲が出てきました。Wのアップルパイを引き菓子にしたい、という
欲です。そうなると和菓子屋は借りられないことになります。それならばW
のシェフが言っていた家庭科室はどうかというと、前日は第×土曜で授業
があり、休みをとっている砂海原が家庭科室の辺りをうろうろするわけに
はいかないので無理ということになりました。
「もうやってくれそうな店見つけるの、無理かなあ」
 私は溜め息をつきました。その頃夜もこのことを思い悩んでなかなか寝
つけない日が続いていました。
(やっぱり大変でも自分で作ろうか……。でももしその時期に喘息の発作
が出たら作れなくなるから、自分で作るのは危険だよなあ。自分で作る
ことができても、あのケーキを重ねるテーブルみたいなのを探さないと、
後ろの方の人に見えないし……。やっぱりあのイミテーションケーキに
なってしまうんだろうか……)
          *
 不安を抱えつつ、また新たなケーキ屋の開拓です。今度は大分市のTに
行きました。中に入るや否や、三段重ねの小さな手作りウェディングケー
キが目に飛び込んできました。担当の人を呼んでもらっている間、その
ケーキのそばに重ねてあるパンフレットを見ていると、
『オリジナル ウェディングケーキ……
 お客さまが頭に描いているデザインをシェフがおつくり致します』
 なんとこう書かれているではありませんか。
「あった、あったよ!」
 私は砂海原の背中をばんばん叩きました。
 シェフが出てきて、最初は厨房を借りる話をしていましたが、大きなもの
は焼くのが大変だから台は焼いてもらって、デコレーションは自分でやる
……結局一番最初に考えていたものに落ち着きました。そして、ケーキを
見ていていいなあと思ったのがカップルを象ったマジパン(食べられるが
おいしくない? お菓子の飾り)人形です。『お客さまが頭に描いているデ
ザインをシェフがおつくり致します』と書いているぐらいだから、中心に据え
る新郎新婦人形もお願いできるでしょう。
          *
 一難去ってまた一難。Tを出、車でパンフレットを眺めながら私は「うーん」
とうなりました。
「どうしたん?」
「……三段重ねは高いね」
 パンフレットには店に飾ってあった「三段重ね」と「平板(普通の大きな四
角いケーキ)」が書いてありました。「三段重ね」は「平板」の2倍弱の値段
です。
「いいよ。それは大丈夫」
「みんなでデコレーションするなら平板の方がやりやすいと思うよ。でも、平
板じゃあ後ろの人が見えない。それにこれは普通なら偽物使うからほとん
どお金がかからないのに、×万円もするなんて……」
 私が頭を抱えていると、砂海原が名案を出してきました。
「ケーキをキャスターみたいなので運んで、みんなに回して見せたら?」
「それいい!」
 ということで、新たな問題はすぐに解決しました。
          *
 翌日、砂海原が仕事から帰ってくるなり、私は昼間に考えついたアイデア
を発表しました。
「お色直しの再入場を『ケーキ並びに新郎新婦入場』にしよう!」
 砂海原は呆れてカバンを落としました。
「……やれるもんならやってみろ」
「(江戸っ子風に)おう、やってやらあ。……だってさあ、何の脈絡もなくケーキ
が動いたら変じゃない? だからお色直しの時についでにケーキも入場させ
て、私たちが座った後、ケーキはそのまんまみんなのまわりを回ってもらうん
よ。それからケーキカットして、また下げて奥で切り分けてもらう……ほら、
いいじゃん」
「……なるほどな。それいいかも」
          *
 ケーキ入場用のキャスターの有無を後日H荘に聞くと、ないと言われました。
今度はキャスター探しのようです。とりあえずその前に正式にケーキを頼みに
行きました。平板でデコレーションなし、ただし表面にクリームを塗っておいて
もらい、平板形式のおまけでサイド面に付くクッキーは付けてもらうことにしま
した。あと、絞り出し袋に入れた生クリームも、当日の朝泡立てていると大変
なので追加しました。新郎新婦人形はやめておきました。理由は後で書きま
す。その他の果物などの飾りは、自分で用意することにしました。
          *
 案内状の返事が続々と届き、返事の来ない人の出欠の確認や交通の手配、
その後は席次表作りと引き出物選びと次々と予定が入り、キャスター探しど
ころではなくなっていました。
 席次表をとりあえず完成させてH荘に届けた時、ふと私は気になって尋ね
ました。
「席と席との隙間は十分あるんですか?」
「そうですね……さほど余裕はありませんが、ここ(おそらく入場用と思われる)
を少し広めにしたらなんとかなるでしょう」
 この日の係の人は新しい人だったので「ケーキ入場」のことを知りませんで
した。でも私は改めて話すのをやめました。「少し広くしたらなんとか(入場の
スペースは確保できる)」ということは、「そのために狭くされている方にはケ
ーキがまわっていけない」ということを察したからです。「ケーキまわし見せ」
の案はボツになりました。それなら三段重ねにしようかと思いましたが、やはり
デコレーションのしやすさを考慮して変えるのをやめました。見たい人だけ前に
来てもらえば済むことも分かったからです。
          *
 最後に新郎新婦人形についてですが、これは私が紙粘土で作ることにしま
した。ケーキが当初の予定よりかなり手抜きになってしまったので、どこかに
手間をかけたいと思ったからです。マジパンで作ってもどうせ食べないし、それ
なら記念に残せる紙粘土で、と考えたのです。
 まず衣装合わせの時に撮った写真をもとにデザインを考え、それをもとに
形を作っていきます。紙粘土人形を作るのは小学校のクラブ活動以来で、なか
なか思い通りの形になりません。
「砂海原はでかい顔と優しそうな微笑み、それにはち切れそうなお腹……」
 一人でぶつぶつ言いながら、できた新郎は我ながらそっくりです。というより
も、砂海原が本当に作りやすい体なのでしょう。
「私は砂海原より小さめで、太い眉と前歯……」
 しかしそうしてできた新婦は、まだ色がないせいか幽霊のように不気味な顔
でした。どうも目をへらで掘るとお化けのようになります。前歯も立体的に作る
とどうしても大きくなり、とても人間には見えません。
「色を付ける時に書こう」
 そうして砂海原と同じ線だけの目と口にすると、本人以上に可愛くなりました。
「まあ、作る人間の特権よねー」
 と呟き、それに納得すると、「特権」はどんどん拡大し始めました。砂海原の
腕の5分の1しかない腕、「どうせ当日もたっぷり上げ底にするだろうし」と大き
く作られた胸など、本人とは似ても似つかないものができました。
 帰ってから砂海原は、新婦人形を見て、
「目が小さ過ぎ。顔が細過ぎ、もっと太っている」
 と感想を述べました。
          *
 数日後、今度は彩色です。まず薄い色からとウエディングドレスと新郎の
シャツ、肌、髪、タキシードの順に塗りました。細い筆がなかったので狭いと
ころがうまくいかず、色ムラができ、ドレスや肌に黒いしみがつきました。
「これも手作りの味わい」
 またもや勝手なことを言いながら、爪楊枝を筆代わりにして目と口と私の
前歯(よーく見れば分かります)を描き、換気のよい軒先に出てニスを塗り、
しばらく置いてから仕上げに眼鏡(お菓子に付いている針金のテープを剥が
して作ったもの)とブーケ(造花)を付け、台にしたプリンカップを誤魔化す
ためにアルミホイルで巻けば完成です。
          *
          *
 当日のデコレーションについては、さすがにここでは書けません。見栄えは
どうであれ、思い出に残るものができていることでしょう。
 結局、自分の願いを完全に叶えることができませんでした。それでもいろい
ろな方の助言と協力で、かなり満足のいくケーキができたと思います。
 今回の経験を通して、私はまた新たな野望を抱きました。それは、
「私の子どもが結婚する時には、(本人が嫌がらなければ)私が手作りのウエ
ディングケーキを作ってプレゼントする」
 というものです。乞うご期待!
          *
(終)