第35回テーマ館「結婚/出逢い」


妻に甘い私のカレーは辛い 森里羽実 [2000/09/08 03:03:23]


※フィクションです(って言ってもムダ?)

 私は煙草を吸う人が大嫌いだった。できることなら日本列島を「喫煙許可県」と
「断固禁煙県」のふたつに分け、間にはベルリンの壁より高い壁を設置して両県の
行き来は北朝鮮と南朝鮮の国境よりも厳しく監視してもらいたいほどだった。
特に新幹線の自由席で隣に座ったオッサンに3時間半もニコチンのきつい煙草を
吸われた日なんかにゃあ、黙って消火器を頭からクツ先までぶっかけてやろうかと
思うほど。
「煙をこっちにふかすなコラ!うちの肺真っ黒にする気かいオッサン」
と関西人特有のきついメンチをきってみたかったが、口の悪いわりには小心者の私は
ぐっとこらえ、車窓の景色を眺めてケムリから遠ざかろうとするのだった。
──ところが!
なんと旦那は喫煙者だった。私は喫煙の恐ろしさをたっぷりと語った。
「一日5本吸ったとしましょう。それが一週間では35本、4週間で140本、
一年だと、えー、しにがはちのいちのにの・・(暗算中)・・えーと、えーと、
1700本くらいで、10年吸うと17000本で、50年吸うとなんと85000本!
生きてる間に8万個も煙草吸うんだよ。8万本だよ、8万本!肺真っ黒、しぼると
じゅわーってニコチン出てくるんだよ。それでもいいのか!?」
私がこれほどまでに頭をフル回転させて暗算をこなしたのは実に久しぶりのことだった。
しかし苦労のかいなく(?)彼はあっさりとうなずいたのである。
「いいよ、やめるよ」
「なぬ?」
私はたじろいだ。私の知る限り、喫煙者というのは、大抵のことではその癖をやめない。
ヤメロヤメロと何十年言いつづけてもやめないうちの父がいい例だ。
「だって、嫌なんでしょ?じゃあやめるよ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい」
サッサと煙草の箱を捨てようとする彼を私はなぜか押しとどめてしまった。
「いいの?そんなアッサリやめて」
「いやあー・・まあ、やめろって言うんなら」
「・・・・」
私はしばし沈黙し、やがて正座をして居ずまいを正し、ピシッと言い放った。
「あのねえ、あなたには自我ってもんがないの?大体、私に甘すぎだよ。私が泥酔した
ときだって、『酒買ってこおーい!』ったらホントに買ってきてたしさ、たまには
『甘えんなボケー!』って蹴り飛ばすくらいの勇気(?)を持たなきゃあ」
「はあ・・」
「はあじゃないっ」
「はあ・・」
「ま、そういうわけだから、やめることないよ、ねっ。量減らすくらいでいいんだからさ」
「そう?じゃあ、ちょっとだけ」
「そうそう、ちょっとはね」
言いながら、私はナチスのごとき厳しい「喫煙者抹殺計画」が崩れていくのを感じていた。
何なんだ、この人は?ホントに気合のない人だ。こんなに人に甘くていいんだろうか。
悪い人に騙されないだろうか。私より一回りも年上なのに、どうしてどうしてどうして
こんなにほにゃらら〜んとしてるのだ!?

と言いつつ、神戸に帰るとき決まって泣くのは私のほうである。お酒飲んで酔っ払ったうえ
泣き出すのも、神戸にいるときに「寂しい」とわめくのも、そして。
 完全夜型人間の私は、夜明けごろベッドに入る。
その明け方の時間、しんとした部屋でボケーッと考え事をするのが好きなのだが、
そのときふいに、奴が捨てると言い出したときにもらった煙草をどうしても吸って
みたくなった。あんなに喫煙をヘビのように嫌っていたのに、暁の魔力というか、
とにかくどうしても吸ってみたくなったのである。
ライターは蚊取り線香のときのがあったし、灰皿はアルミ缶を利用して作ったものを
(これが工芸品のごとき素晴らしさ)友達がくれたのがあったので、準備には困らなかった。
何度か吸ってみたことはあった(そうしてますます煙草に対する嫌悪感をつのらせると
いう意味不明なことをしていたのである)ので、吸い方はわかる。
すーっ、と煙を吸い込むと、気だるい眠気がすっきり晴れるようで気持ちがいい。
煙草を吸っている姿がふと浮かぶ。そういえば最初に会ったときも吸ってたなぁ。
それから連動して車を運転している姿、腕組みして考え込んでいる姿。
私がヒステリーを起こすと(何を言ってもムダなハリネズミ爆弾状態)
決まって黙って煙草を吸っていた。心配事があるとすごく量が増えちゃうんだ、
とか言ってたなあ、と思い出し、
その気持ちわかるなあ、といつの間にか喫煙者の気持ちになっている自分に気がついて
はっとする。
私がお酒飲んで(飲まなくても)泣き喚いて叫んで消化することを、じっと黙って
煙草の煙で押し流し、私が元気になったらほっとしたようにあれこれと我が儘を
きいてくれることを思うと、今更ながら「強いよなぁ、男の人は・・」と思ってしまったり、
「待てよ?そんな大事なアイテムをころっと捨てちゃっていいのか?ホントにいいのか?」
と焦ったり、私は煙草一本のうちに色々考えてしまっていた。
「これって不思議だなあ」
ともはや煙草には一片の親近感すら感じてしまう。私も変わったのだ。
「それにしても」
ぎゅっと吸殻を灰皿に押し付けて揉み消しながら、私は思う。
「あれほど激甘なのはどうかと思うな。つけあがったらどうすんの・・・あれ」
そういえば、娘が欲しいと言っていた。
『お母さんは怒ってばっかだけど、お父さんは激甘』という図式が一発でできあがって
しまうではないか!それは酷い。それも、私などの存在はけし飛んでしまうほどの
溺愛パターンになるのは目に見えている。
「嫌だなそれ・・」
デジカメのメモリいっぱい娘の写真・・
やっぱり喫煙者は恐ろしい。腹の底でそんな恐ろしい計画をたてていたのだ。
「やっぱり禁煙してもらおっかな・・」
2本目に火をつけながら、喫煙者になってしまった私は思った。
                              おしまい


あとがき・でもやっぱ煙草は不味いぞ! 追記 森里羽実 [2000/09/08 03:06:22] よく考えたら私はまだ未成年でしたが、まぁ、これはフィクションなのでご了承 くださいませ