第35回テーマ館「結婚/出逢い」


狐の嫁入り かも [2000/10/14 02:07:35]


 50人の男達が,嫁取号に乗船していた。シーダ=片山もそのうちの一人だ。新式の船艦であ
る嫁取は,今までの12,5倍の速さで目的地に到着することができた。細かい氷の粒や星々の
欠片も,静かに塵に変え,その進行はゆるぎなく着実に目指す星へと向かっているのだった。
 艦内では,うきうきとした様子の男達がこれからのことを話し合っていた。皆,すごく楽しそ
うにしている。
「おい,もうすぐだ。おとなしくて,優しい,いい女達が待ってるぜ」
赤い口ひげをたくわえた男が,逞しい腕で片山を小突いた。片山は答えて,
「ああ,楽しみだなぁ。俺,今回が初めてなんだよ。かわいい娘が取れるといいんだけど」
 口ひげ男がぐわっはっはと豪快に笑って,地球産の奇印ビールをぐいっとあおった。
「きっと好い娘がみつかるよ」
 彼の明るい話し声に,何人かが周りに集まってきた。おもしろそうに見てくるやつらもいる。
誰もが興奮しているのだろう。あふれる期待で落ち着かない気持ちは片山も同じだった。
「よぉぉぉし,おめぇら!気合い入れんぞぉ!」
口ひげのかけ声に,うおーっ!,と一斉に握りこぶしの腕が上がった。
 窓の外―彼らのこぶしの先には,青く澄んで光る,惑星メスナ,別名新妻星が浮かんでいた。
          *          *          *
 メスナで新妻を取ると,その結婚生活は幸せなものになる……数百年にもわたって現在に続く
言い伝えである。
          *          *          *
 教室には,40人の若い女達がそれぞれの席に着いていた。スクール内には全部で5つの教室
がある。このスクールはまったくの男子禁制で,見た目的には潔癖女子校……といえた。
 教卓には,年齢不詳の美しい女が立っていた。白いチョークを取り上げると,やわらかな声で
言った。
「はーい,みなっさぁん,もうすぐですよぉ。いつも通りやるんですよぉ」
「おうおう,でもよぉ,先生よぉ,ホントにイイ男なんて来んのかよぉ」
そのかわいらしい外見とは裏腹な態度で,小柄な少女が机の上に脚をのせた。
先生,と呼ばれた女はにっこり笑い,地底に響くようなドスのきいた声で,
「コラ,みちこちゃん,お言葉……」
「やっべぇ,ゴホン。あっ先生ェ,アタシィ不安なんですゥ。男の人ってェ怖いしィ」
「そう,みちこちゃん,それでいいのよ。みなさんもこの態度を忘れてはいけませんよ」
それぞれ,足を組んだり,斜めに座ったりしていた女達は,思い出したように姿勢を正し,表情
をかわいらしいものに整えた。返事をする声も,脳天から吹き出したような高い声だ。
 教室中を見渡すと,先生は黒板に向かい,音を立てて大きく『名誉』と書いた。そのまま,く
るっと振り向いて教卓にバンッと手を置いた。教室はシーンと静まり返る。
 「今日こそ練習の成果を発揮する日です!」
今度は黒板をバンバンたたいた。そして,ビシッと生徒の一人を指して,
「はい,マリちゃん。私達は何のために今日まで一年間がんばってきたの?」
指された女性は体をくねらせて答える。
「それは〜名誉のためで〜っす。あたくし達メスナ人女性にとってぇ,他星の男をつかまえるこ
とはぁ,すんご〜〜〜く誇りに思えることだからでぇ〜〜っす」
「すばらしいわっマリちゃん!百点満点の答えよっ」
先生は目を輝かせて話しを続ける。
「いいかっ?男なんてみーんなかわいい女には弱いんだよっ!だからなぁ,さっさとだまくらか
してつかまえちまばいーんじゃぁっ!」
興奮して,すっかり素に戻った先生を前に,生徒一同はにっこり笑って口をそろえた。
「先生……お言葉」
先生は少し頬を染め,乱れた髪を直すと,大きく深呼吸した。顔には,また薔薇の微笑みがよみ
がえっていた。
「……それでは,第268期生の皆さんっ,健闘を祈りますわっ!」
先生のかけ声に,おーっ!,と一斉に握りこぶしの腕が上がった。
          *         *          *
 もうすぐ,男女の運命的な出会いが始まる。