第72回テーマ館「見えない」



理科室の密室 しのす [2009/01/25 03:36:22]


 「やあ、今日はこの前約束した、誰も入らなかった理科室で人が襲われた話をしよう」
と酒場で飲んべえの細野先生が話しかけてきた。
「その前に一杯おごってくれ」

 「わしが東京で学校の校医をしていたことは知ってるな」
 「知りません」
 「ま、東京で校医をしてたんじゃーん。
でさあ、そこで起こった奇妙な事件の話をしちゃおうかなぁ、
でもその前にもう一杯ー」
 「もうおごりました」
 「…そうか。今日は淡泊な受け答えじゃーん。
じゃ、せめてジャンジャン焼きでもじゃんじゃん持て来てもらうジャンバルジューン。
なんならアゼルバイジャンの盛り合わせでも」
 「ありえません」
 「ジャンバルジャンのあとのジャンが打ち間違いでジュンになってます。
アゼルバイジャンは食べ物ではありません、
ってつっこんでくれないと。
今日は機嫌が悪いのかな。
そう言う時はささっと話してしまおう。
あれはわしがリトルトーキョーで行為をしていた時のことでー」
 「…」
 「ノリが悪いじゃーん。
きっと脱線して長く書きたくない作者の陰毛じゃな」
 「…」
 「それ、陰謀です、って自分でつっこんでも寂しいぞっ。
わかった、今日は、さっさと話すことにしよう。
放課後学校の理科準備室で理科の先生とわしとで
エチルアルコールを飲んでおった。
その時大きな音が聞こえて理科室をのぞくと、
子どもが倒れていた。
机の角に頭をぶつけて血だらけだった。
すぐに止血して救急車を呼んだ。
しかしその前にわしは奇妙な状況に気づいていた。
理科室の窓には鍵がかかっていた。
理科室の棚や机の下には誰も隠れていたいなかった。
そして理科室前の廊下には掃除のやり直しをやらされていた
子どもたちが12人いた。
子どもたちは誰も理科室を出て行かなかったと言った。
血を出して倒れていた子も掃除の班の子で
いつ理科室に入ったのかわからないとのことだった。
理科室は密室だったんじゃ。
どうだ参ったかっ」
 「そんなさっさと話せるんじゃありませんか。
いつもそう願いたいですね」
 「とにかく密室だったんじゃ。続きが聞きたいか」
 「あなたたちが理科準備室から理科室に入った時に入れ替わりに
理科準備室に逃げた」
 「ありえない。わしは理科室に入ったが、先生は理科準備室の入口に立っとった」
 「あ、理科室と言えば人体解剖模型の人形。あれに化けていた」
 「わしもそう思って確認したが、違った」
 「すごくやせた子で、ガイコツの模型に化けていた」
 「ガイコツの模型はなかった」
 「あ、実は用務員が出入りしたけど、子どもたちには「見えない人」だった」
 「もう一つの理科室で掃除の子らを待たせていた時に聞いたけど、
校務士、今じゃ用務員なんて言わんぞ、
校務士の神宮寺さんは出入りしていないと断言した。
しかし事件は解決したんじゃ。続きが聞きたいか」
 「…マスター、酒」
 「物わかりがいいじゃん、すげーじゃん」

 「うまいのぉ。
しかし淡々と進むと単なる推理クイズみたいじゃな。
しかも小学生向きの雑誌の付録についてる、みたいな」
 「そこまでいいもんじゃないでしょ」
 「今日はつれないな。
ま、そういう日もあるか。
で、続きじゃな。
掃除の子ら全部で12人いたんじゃ。
その子らは全員が犯人で、一人ずつナイフで刺したんじゃ」
 「って刺されてないでしょ」
 「ははー、やっとつっこんだじゃーん。
別の理科室で子どもたちを待たせている時に
 「12人もいるのに、誰も気づかなかったんだ」とわしが言うと、
 「俺たち11人しかいないよ」と言うんじゃ。
しかしその場には確かに12人いた。
で、その子が言う11人を指ささせると、青白い男の子が一人残った」
 「まさか、理科室の幽霊」
 「幽霊ならまだましだった。
青白い男の子はいじめられっ子だった。
無視され続けていて、子どもたちには見えていなかったんじゃ。
その子はたまりにたまったものが出て理科室で男の子を突き飛ばし、
廊下の掃除に戻ったが、出入りしたのを誰も気づかなかった。
というか見えていなかったんじゃ。
かわいそうな話じゃ。CPU」
 「QEDです。そうですか。実はうちの子もいじめられていて」
 「うんちの子じゃ、いじめられるじゃろ」
 「うちの子です」
 「理科室でケガした子は無事じゃったから良かったが、
いじめの解決には時間がかかりそうじゃった。
あんたの子も解決には時間がかかるじゃろうが、
親が守ってあげるという姿勢を示すことが大切じゃぞ」
 「…珍しくまともなことを」
 「酔ってないからじゃな。話したからもう一杯頼む。今度来た時には、
家に入った少女が二度と出てこなかった奇妙な状況の話をしてやろう」
 「って前もそう言ってませんでしたか」
 「…ZZZZZ」


戻る