第36回テーマ館「モンスター」



モンスター yaya [2000/11/14 14:16:24]

今日は彼とデート。
でもあまり心ははずまない・・・。
彼の心が私から離れているのを感じるのだ。

私は大学1年生。
小学校から高校までずっと女子高だった。
今時珍しいかも知れないけれど、大学に入って初めて男性とつきあった。

彼は同じテニス部の4年生の先輩。
私は産まれて初めての恋にまだまだ夢中になっていたいのに、彼はもうほとんど
クラブには出て来ないし、
2人で会う時間も減った。
彼は就職で忙しいと言うけれど、同じクラブの4年生の先輩の女性とは楽しそうに
話している。
もう私に飽きたのだろうか・・・。

最後の授業を終えて学校から出ると外はもう暗くなっていた。
電車に乗って待ち合わせの駅に向かう。
何だか今日は人ごみを歩きたくなくて、いつもは通らない裏道へ回った。

ふいに「悩みがありそうですね」と声をかけられ、びっくりした。
銀行の裏口の閉じたシャッターの前に1人の男が黒い布をかけた机を置いて座っている。
机の上には水晶玉。
占い師か・・・。

ふと占ってもらおうか、という思いが心をよぎり私は男に近づいた。
「占いですか?」と声をかけるとその男はフッと笑っておもしろがるような声で言った。
「占いねぇ・・・。占いで未来を見るのもいいんですけどね。
 それよりあなたには今悩みがあるんでしょう?それならもっといい方法がありますよ。
 今のあなたの悩みを消すんです。」
「悩みを消す?」
「そう・・・。」

男はどこからともなく茶色い紙の袋をとりだすと、私の目の前で袋の中身を取り出した。
それはピンポン玉くらいの白く小さな卵だった。
「これね、モンスターの卵なんですよ。」
「モンスター?」
「ええ。あなたの悩みの種を食べてくれますよ。」

「信じられない?でも本当です。あなたはまだ若いし、身なりもいい。
 悩みは恋人のことか何かでしょう?それならこの小型のモンスターで十分です。
 この卵を今晩人に見られないように水につけておくだけ。
 あしたの朝にはモンスターが孵化しますよ。
 モンスターの成長は早いですからねぇ。
 すぐあなたの悩みくらい食べれるように成長しますよ。」

多分・・・。
私は藁にもすがる気持ちだったのだろう。
2700円という値段も占いをしてもらうより安いかも知れない。
私はお金を払い、そのモンスターの卵を買った。

彼と待ち合わせをしていた喫茶店に行く。
遅れてきた彼は席につくなりハンバーグを頼み、私にも「何か食べないの?」と聞いた。
出会った頃は喫茶店で会ったあと、「今日は何が食べたい?」などと聞かれ、
いろんな店に連れて行ってくれたのに・・・。
ほとんど口をきかない彼の沈黙が寂しくて私は1人でとりとめもないことを話し続けた。
彼は「ふうん」とか、「あ、そう」と気のない相槌を打つばかり。

店を出ると彼は先に立って歩いていく。
もう以前のように手をつないで並んで歩いてはくれないのだろうか。
何時の間にかホテル街に入っていた。
彼は私に声もかけずに当然のようにその中の1軒に入っていく。
今、彼にとって私は何なのだろう。
前のような関係に戻りたい・・・。

それから2時間後。
軽いいびきをかいて眠る彼の隣で私は寝付けずにいた。
朝目がさめたらこれでお別れ?
次に会えるのはいつ?
もう前のようには戻れないの?

気が付くと私はモンスターの卵を持ってお風呂場に立っていた。
洗面器に水をはり、祈るような気持ちでそっとモンスターの卵を入れた。
インチキかも知れない。
でも今の私に他にできることはない・・・。

知らない間にウトウトしたらしい。
気が付くと朝の5時になっていた。
彼が起きてシャワーを浴びに行く前にモンスターを見に行かなければ。
私はベッドからすべり出て、お風呂場に向かった。

お風呂場のドアを開けると茶色い塊が洗面器からはみ出している。
モンスター?
私は恐々近づくと洗面器の横にしゃがんだ。
全身が茶色いウロコで覆われているが、全体の形は良くわからない。
全く動かないのでそっと手で触れてみた。
何だか指にネバつくような感覚がある。
私は思い切ってモンスターをつかみ出した。

それは・・・。
ゴム製のトカゲか恐竜のおもちゃだった。
きっとこういう水に入れるとふくらむおもちゃがあるのだろう。
ふと気づくとお風呂場の窓から馬鹿な私をあざわらうように朝の光が差し込んでいた。

私はそのおもちゃをホテルのタオルに包み、かばんに入れた。
ホテルを出て駅に着くと彼は一言「じゃあね。」と言って、自分の家に向かう
ホームの階段を登り始めた。
私も通勤ラッシュが始まった駅の階段を彼と違う方向に登って行った。
駅のホームでかばんを開け、タオルごとモンスターをゴミ箱に捨てた。

それからも何度か彼に会った。
でももう昔のような関係に戻ることはなかった。
彼は就職してすぐ地方に配属になり、それきり連絡も途絶えた。

悩みを食べてくれるモンスターなんていない。
いつまでも変わらない関係はあるのだろうか・・・。



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