第36回テーマ館「モンスター」



モンスターの殺人 夢水龍乃空 [2000/12/11 22:09:15]

 コンビニなど別世界の話、商店は町にただ一つ。書店もレコード店も無く、ちょっとした用事
のためにはいつでも何でもとなりの街へ出なければならない。しかも街までは、車で一時間とい
うこの遠さ。2階の窓からは水平線が見え、後ろを向けば山並みが木々の枝葉まではっきり見え
る距離に迫っている。こんな小さな町で恐竜の化石が出土したのは、まさに奇跡だった。
 そしてこんな小さな町で殺人事件が起きたのも、また奇跡と言えた。
   *
   *
 生まれたばかりの子どもも含めて全ての男女がペアになり十人ずつ子どもを作ったとしても全
人口千人の大台には遠く及ばない曽野町(そのまち)は、恐竜で町興しをスローガンに一致団結
していた。しかし、肝心の発掘現場のすぐ近くの、一坪ほどのぼろい空家に住み着いた浮浪者が
どうしてもそこをどかない。そもそも住所が存在しない場所だから、正式な居住者ではないの
だ。追い出そうと思えばできそうだった。だが妙に口の巧い男で、人をよこすたびに煙に巻か
れ、町長はごうを煮やしていた。
 恐竜で町興しの計画はすでにできていた。曽野町に拠点をおく唯一の企業である曽野建設に
は、もう恐竜記念館なる傍(はた)から見れば得体の知れない建築物の発注までしてしまってい
た。何としても男には立ち去ってもらいたかったのだが、根っからのおっとりものである町民た
ちは男の味方もしない代わりに積極的に立ち去らせようともしなかった。近所の住民など、いま
だにその男に時々食料を分けてやる習慣がなくならないほどだった。
 そんなある日、誰も名も知らぬ浮浪者が、もはや自宅と言っていいおんぼろ小屋の中で殺され
た。確かにその中で殺されたのだろう。屋根の下にいたのだから、おそらくは間違いない。男は
殺された。モンスターに踏み潰されて。
   *
   *
「参りましたなあ。そりゃ、一番あの男に消えてほしいと思っていたのは私でしょうが、いくら
なんでも殺したりは。しかもよりによってあんな方法で、とても人間技じゃないでしょう? 町
長の地位だか知りませんがねえ、私は恐竜じゃないんですから」
 町中の人間が寄り集まって散々相談した挙句、となり街の警察に連絡しようということになっ
てから4時間と27分して、町長に尋問が行われた。状況からして彼が最も有力な容疑者なのは誰
もが認めるところだが、いかんせん、貝重(かいしげ)――浮浪者はこういう名前だった――を
殺したのはモンスターだった。
 状況はこうだ。
 その朝、いつものようにおにぎりを作って貝重の家にとどけようとした近所の主婦が、ものの
見事にペシャンコに潰された小屋を発見した。慌てて町長の家に駆け込んだ主婦に言われて門星
(かどほし)が現場へ行ってみると、確かに小屋が潰れていた。門星とは町長の名前だ。よくよ
く調べてみると、潰れた小屋の下敷きになって男が死んでいた。全身の至る所に折れた材木が突
き刺さり血まみれになっていたから、間違っても生きてはいなかっただろう。傷には全て生命反
応があるこが後に確かめられている。小屋はほぼ平らになるほどしっかりと、全敷地面積に均等
に、そして明らかに垂直方向にかけられた力によって潰れていた。モンスターがその巨大な足の
裏で踏み潰したとしか、考えられなかったのだ。ましてや前の夜、近所の数人が時に甲高く時に
低く唸るようなモンスターの鳴き声を聞いたなどと証言していては、警察も人間を疑うのが馬鹿
らしくなっても仕方がなかった。
「しかしねえ、誰かがやったことは間違い無いんですよ? あなたにはアリバイが無いんだ。な
あ、あんたが殺ったんだろ?」
「いやいや、違うと何度も言っているじゃないですか」
「しかし昨日の昼間も、あんたと被害者がかなり激しい言い争いをしているところを、何人もの
人が見てるんだよ」
「そりゃいつものことです」
「しかし・・・・・・」
 尋問は堂々巡り。警察の方もすっかり音(ね)をあげてしまった。だが、そんな矢先に何とも
都合よく、一人の男がふらりと町を訪れた。男は粉々の木材が散らばる空き地を見て、近くに
立っていた警官に尋ねた。
「何かあったんですか?」
 警官は曽野町でただ一人の駐在だったために、守秘義務というものをすっかりと忘れているこ
れまた都合のいい人物だった。
「実はですね」
 駐在は事件のあらましをすっかり話して聞かせた。男は曽野町が現在おかれている状況から殺
人事件の詳細まで、あますところなく知ることになった。
「ちょっと、見せてもらうわけにはいきませんか?」
「え、現場をですか?」
「ええ」
「いやあ、それはちょっと・・・・・・」
 さすがに建前というものを意識し出した駐在はためらった。だが、そんな彼をよそに堂々と小
屋へ歩み寄る男をあえて止めようとはしなかった。
 男は小屋をしばらく眺めると、じっとしゃがみこみ、材木をよけ、何やらじっと周囲を見詰め
ていた。しばらくして立ち上がると、男は再び駐在に尋ねた。
「死体に不自然な点があったでしょう?」
「は?」
「例えば、出血が異様に少なかったとか」
「え!?」
 その通りだった。とにかく酷い死体だったのだ。しかし確かに血まみれだったのだが、出血の
量はたいしたことがなかった。ショックで即死したのかと思いきや、全身の血液量がそもそも圧
倒的に少なかったのだ。では栄養不足で始めからそうだったのかというと、出血も考慮してそれ
だけの血液量では十歳の子どもでも生きていけないという。小屋を踏み潰したモンスターと、人
間の血液を吸い取ったモンスター。そんな映像が駐在の脳裏を何度もよぎっていたのだ。ようや
く忘れかけていたのに、また思い出してしまった。なぜか不機嫌になった駐在に不思議そうな視
線を送りながらも、男は質問を続けた。
「モンスターの鳴き声は、どれくらいの時間続いたんですか?」
「切れ切れだったそうだけど、まあだいたい、2時間ってとこですかな。みんな気味悪がって、
きちんと時間を見ていた人なんていませんけどね」
「そりゃそうでしょう。ところで、あの小屋ですが、かなり地面に近い部分できれいに壁が途切
れていますね」
「だってそりゃあ、勢いよくドスンとやられたんだから、そうなるもんでしょうが」
「おや、あなたは本当にこれがモンスターとやらの仕業だと思っているんですか?」
「あんたねえ、これを他にどう考えろっていうんだい?」
 駐在はだんだん地が出てきた。
「その壁の途切れた部分、全体的に見れば波打っていますが、断面は非常に平らですよ。誰かそ
んなことを言っていた捜査官はいませんか?」
「ああ? 知らんね」
「うむ、まあいいでしょう。見るべきものは見ました。捜査本部はどこに?」
「本部? そりゃ町民会館だよ」
「それはどこに?」
「ほら、そこ真っ直ぐ行って、そこの角右行ったらすぐだ」
「ありがとう。なかなか、楽しい事件でしたよ」
「???楽しい???」
   *
   *
『読者への挑戦 手がかりはそろいました。どうぞ、真相を推理してみてください』
   *
   *
 男は何のためらいも無く町民会館へ入って行った。折りしも町長を解放しようとしている場面
に、ご都合主義全開のタイミングで出くわした。
「おや、警察は犯人をみすみす逃がしてしまうんですか?」
 男は開口一番、そう言った。驚いたのは刑事たちと門星だ。門星など、もうこれ以上ないくら
い青ざめた顔をしていた。
「どうやら警察は真相が見抜けなかったようですね。しかたない。私が謎解きをしてあげましょ
う」
 椅子を並べた会館ホールへ場所を移して、男の希望から曽野建設の代表者土野(つちや)も同
席して推理ショーが始まった。
   *
   *
「簡単なことです。犯人は小屋を地面に近い所で切り取り、それをフォークリフトでも使って建
設会社の敷地へ運び込みます。そこならクレーンがあるでしょう。床のない小屋の中に貝重さん
を入れて、大きな鉄板をドスンと落とせば殺人は完了です。当然その下には別な板でもしいてお
いて、潰れた小屋ごともう一度元の場所へ運び込むことでみなさんが見た現場が出来上がりま
す。壁の断面がやけにきれいだったのは、道具を使って小屋を切り離したからです。ね、簡単で
しょう?
 きっと言い争いの最中に、勢い余って門星さんが貝重さんを殴りでもしたんじゃないでしょう
か。当たり所が悪くて卒倒したが、幸い息はあった。だが貝重さんを邪魔に思っていた門星さん
は一思いに殺してしまうことを思いついた。しかしただ殺すんではダメで、自分が疑われても立
件する根拠がないように、そしてなおかつ、モンスターの町という宣伝文句で町興しに拍車をか
けるため、建設工事が始められなくていらいらしていた――と思われる――曽野建設に話を持ち
かけ、どう説得したかは知りませんが、この犯行を成し遂げた。
 この犯罪で最も大事なのは、殴られて卒倒しただけの被害者の意識が戻り、逃げられてはいけ
ない点です。もちろん犯行は夜行われるんですから、被害者は意識を取り戻すでしょう。それで
も逃がさないために、身柄を拘束する必要がありました。しかし下手にロープなど使って監禁の
証拠を残すわけにはいきません。そこで普通なら余計に危険ですが、被害者を適当な場所に金属
製の先の尖ったもので文字通り釘付けにして、物理的に固定してしまう方法をとります。これな
ら最後には小屋に潰されて傷口は目立たなくなりますし、体を突き通った物がある状態で身動き
の取れる人間は珍しいです。きっと潰した小屋を運ぶ時の板の上にでも最初から固定したんで
しょう。もちろん小屋をかぶせて鉄板を落とす直前に金属棒は取り外します。そのころには貝重
さんは相当弱っているはずで、逃げ出す力など残っていなかったでしょうね。当然のように傷口
からはおびただしい量の血が流れ出します。被害者の血液量がやけに少なかったのは、なにも吸
血鬼が出現したせいではないんです」
 男の話が終わると、門星は全てを自供した。土野は発注の金額を倍にすると言って買収したそ
うだ。捜査本部では旅の男に感謝状を贈りたいと申し出たが、男はあっさりと、しかしきっぱり
とそれを断った。
 男は町民会館を後にした。すると後ろから、やはりホールで推理ショーを聞いていた駐在が駆
けて来た。
「いやあ、見事な推理でした」
「なに、それほどでも」
「しかしですね、分からんことがあるんです」
「何ですか?」
「あのう、あなたはモンスターの鳴き声のことを聞いてましたな? それにどういう意味があっ
たのかと気になりまして・・・・・・」
「ああ、そんなことですか。あれはもし私の推理が正しければ、モンスターはものの数分で鳴き
止んだはずがないからですよ」
「はいはい、時間のことは分かるんですが、肝心の鳴き声そのものは一体どういうわけで?」
「あ、そういうことでしたか。なに、鳴き声なんて、甲高いのは電動ノコギリで小屋を切断した
いた時の音、低く唸るようなのはフォークリフトのエンジン音ですよ」
「はあ、なるほど。それで分かりましたわ」
「もういいですか?」
「はいはいはい。もう、充分であります」
「それでは」
 駐在は背筋をピンと伸ばし、男が見えなくなるまで敬礼を続けていた。
 男は名乗ることもないまま、行き先も定めぬ旅を続けるべく、町を去って行った。

終わり


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