『テーマ館』 第30回テーマ「無題」


無題を記念して昔の作品を公開します。長いです。
「ラッシュ」というRPGの仕事用に書いたのですがボツりました。 投稿者:らいくん  投稿日:11月03日(水)04時58分28秒

見直してないので、誤字、脱字他はたくさんあると思います。 長くてごめんなさいねー。             ラッシュ 有翼の牡鹿                  1  ヘンキーの町。  貿易の盛んなことで知られるこの町は、周囲を煉瓦の壁に囲まれている とても緑豊かな、活気に満ちあふれた町だ。  すがすがしい風が町を包む。ただ、魚を運ぶ荷馬車のコトコトと静かな 音が町に谺している。  その音が人の活気に変わったころ、ラッシュはいつも通りに寝言をいい ながら目を覚ました。  「ああ、嫌な夢見ちまったぜ」そう呟いて、楕円形のステンドグラスか ら差込む虹色の光の中に目を開く。  体を起こして、すぐ横にある両開きの窓を両手で大きく押し出して開く と、突然、窓の外から枕がラッシュの顔面めがけて飛んでくる。  枕を投げたのは、ラッシュと幼いころから家が隣のエイリィだ。  彼女はラッシュが寝坊すると決まって枕を投げてくる。  「ラッシュ、いつまで寝てるの? もう、大人なんだから寝坊なんてす るんじゃないの!」とエイリィが言う。  「え……? もうこんな時間か」太陽で時を知りそう呟く。  普段と変わらぬ彼女の言葉に寝坊したことを悟ったラッシュは、エイリ ィに枕を投げ返し、急いで支度をして自分の仕事場へと足を運ぶ。  彼の仕事は船の荷卸しだ。  きらきらと光る汗を滴らして、気合いの入った声を張り上げながら、太 い腕の男達はせっせと船の積荷を運んでいる。  その中で一番体格の大きな、汚らしい口髭を生やした色黒の男が今やっ とたどり着いたばかりのラッシュに大声で怒鳴り付ける。  「ラッシュおまえ、また寝坊したな! どうなるか、わかってるだろう な! 荷卸しが終わったら、船のマスト張りもやるんだ!」  ラッシュはいつものことなので、あまり動じる様子が無い。  「はいはい親方。わかってますって」  そして、日は傾いた……。  「親方、マスト張りも終わりました!」  ラッシュは、その日の給料を貰って港から町の中へ走って帰った。  「酒でも、飲みに行くかな」そう言ってラッシュは、酒場へと足を運ぶ。  と、その途中……。  「何だ…… 血か?」  ラッシュが目にしたものは、血で赤く染まった一軒の家だった。  ちょっとした出来心で中に入ってみると、そこには何人かの人間が血まみ れでたおれていた。   (お……俺には関係無い)  そう思い、ラッシュがふるえる足で外に出ようとするとき、運悪く家の外 からこの町の警備兵が5、6人中に入ってきたのだった。  「そこで、何をしている!」一人の警備兵が叫んだ。  ラッシュが長い槍を向けられて無言でいると、警備兵がこう言ってきた。  「なんて事をしでかしたんだ、少年!」  「違う! 俺がやったんじゃない!」ラッシュは、そう叫んだ。が、しか し、警備兵は全く聞く耳を持たなかった。  「連行しろ! 町の牢屋にぶち込んでおけ!」  無残にもラッシュは、牢屋に監禁されたのだった。  ラッシュが薄暗い牢屋に放り込まれて、闇と静寂に包まれた時がしずかに 流れた。  ふとラッシュは、正面に当たる牢屋から人の気配がすることに気がついた。  「そこに、誰かいるのか?」ラッシュは、眉間にしわを寄せて呼びかけた。  少しして、返事があった。  「なんだ、新入りかい?」低音の効いた牢屋に向いている声だ。  ラッシュは鉄格子に駆け寄り、声を潜めながら答を返した。  「すぐ出れると思うけどね」ラッシュは、確信したかのように言った。  「おそらく、無理だろうな。理由は知らんが、ここの牢屋に入れられた奴 は何があろうが生きちゃ出られねぇのさ」男は、自信ありげに答えた。  その男の話には、まだ続きがあった。  「だが、あんた付いてるぜぇ。おまえのいるそこの牢屋はな、後ろの壁が 崩れやすいんだ。おまけに壁のすぐ向こう側は地下水路だしな。まあ、警備に見つ からないようにやるこった。それじゃあ、俺はもう寝るからよ。せいぜい頑張んな」 男は言った。  ラッシュは小さく「助かるぜ」と言って、早速壁を壊しに取り掛かった。  ドンドンと大きな音をたてながら、壁を殴るが一向に壊れない。  しばらくして「そこで何をしている!」と、警備兵の怒鳴り声がラッシュ の後ろから繰り出された。  ラッシュはあわてて手を休め、警備兵の方に向き直った。そこに立ってい たのは、豚を丸ごと食べてきたような太った男だ。  「いや、どうもでかい虫が多くてね、それを潰してただけなんだけど……」  ラッシュは冷や汗を流しながらそう答えた。  「虫ねえ……。貴様も今や虫かごの中にいるようなものだ。せいぜい、仲 間を潰すのに専念することだな。ガッハッハッハ」警備兵は張り詰めた腹を突き出 して、笑いながら去っていった。  「さてと」ラッシュは言って、再度壁を壊そうと試みるのだった。  今度は拳ではなく、体当たりで壊すことにした。  幾度か試みた挙句、古びた壁は少しずつひび割れ、やがて人が一人やっと 通れるような穴がぽっかりと口を開いたのだった。  ラッシュは息も付かぬ速さで水路に入り、そして駆け出した。  水路の中は薄暗く、ラッシュはほんの少し天井から漏れる光を頼りにする しかなかった。  その漏れる光の明るさからラッシュは、今が少なくとも夜ではないことを 悟った。  長い間走って、ラッシュは疲れを見せ始めた。息が苦しい。  (ここまで来れば……)ラッシュは思ったが、ラッシュの考えは青かった。  「あそこだ!見つけたぞ!」なんと、警備兵が追ってきていたのだ。  「しまった」ラッシュは、苦しい息を吐くとともにそう言ってまた走り出 す。今度は、どのくらい走ったか分からないほど走ってから水路の右に腐りかけた 梯子を発見した。  (ここしかない)ラッシュの体は、自然と梯子に向かっていた。  梯子を登り、痛んだ木の板を突き破って外に出ることに成功した。  ラッシュが、新鮮な空気を吸い込めた場所は、ちょうど町の中心の噴水の すぐ前であった。  それからラッシュは、とにかく自分の家に戻ろうと試みた。  だが、素直に戻れないというのはすぐに分かった。  町の人がラッシュを見る度に、錆びた金属のようなかなぎり声を上げて、 あるものは逃げ惑い、そしてあるものは家に入り鍵を掛けるといった状態だったか らだ。  事実を知らない住民が、罪無きラッシュを狂人扱いするのだ。  ラッシュは悔しい気持ちを記憶の扉に詰め込んで、一目散に家に向かった。  家に着く少し前、逃げ惑う町人の中に一人だけ微動だにせずに立ち尽くす 人物がいた。   エイリィだ! ラッシュは、エイリィの方に駆け出した。ラッシュは内心 安心した。が、それが命取りであった。  町の警備兵が1名ラッシュの行くてをさえぎった。『しまった』ラッシュ は思って、何とか振り切ろうと躍起になった。  警備兵は、槍を使ってラッシュを刺しにかかった。ラッシュは、するりと 身を交わそうとしたのだが、警備兵の槍はラッシュの右肩に深い傷を作った。  ラッシュは最後の力を振り絞って警備兵を何とか振り切り、エイリィの所 までたどり着いた。  エイリィは、ラッシュを家にかくまうと、すぐに家の鍵を掛けた。  警備兵は追い掛けてきて、寸でのところで閉まったドアに腹を立て「あけ ろ!」と叫びながら、ドアをしたたか殴りつけるのだった。  だが、この町の治安の良さの理由は、警備兵の人数の他に家の造りにもあ るのだ。むりやり入ろうとしても、手練の盗賊でない限り家に入ることは不可能な のである。  エイリィの家の中では、すぐさまラッシュの手当てが行なわれた。  「ラッシュ、私は信じるわ。だって、あなたの幼なじみでしょ」エイリィ は、 言うがラッシュは素直には答えない。まるで、だだっ子である。  「今は、殺人犯でもかまわないさ。だが、俺が本当の犯人を捕まえてやる。 それからだ、俺を信じるのは」右肩を治療されながら、そうエイリィに返事をした。  エイリィは、微笑みながら「ラッシュ分かったわ、頑張ってよね。そう、 二階にちょうどいいものがあるの」と一息着いて……「私の、父の形見の鎧と剣よ」  ラッシュの肩の包帯を少し強引にしめて、彼女は美しい長髪を軽くなびか せながら二階に上がっていった。  ラッシュは、彼女に続いて二階に上がり、少しだけ古ぼけたドアの部屋に 入った。ラッシュは、内心驚いた。立派な剣と鎧が、部屋の隅に立てかけてあった からだ。  「ラッシュ、これを使って。それで、この町から逃げて……」エイリィは、 ラッシュを照れくさく心配した。  ラッシュは、無言で鎧に手を掛けた。鎧に傷は少しあるものの、ラッシュ にはとても新鮮に見えた。  鎧をなれない手つきで身に付けながら、ラッシュが口を開いた。  「エイリィ、ありがとう。いつか、この借りは返す。とにかく長居は無用 だ」  エイリィは軽くうなずき、家の裏口にラッシュを案内した。  ラッシュは、剣を腰にすえながら付いていく。裏口は、幼いときから知っ てはいるが。   エイリィの別れの言葉 「ラッシュ、本当の犯人がこの町にいたら、手紙 を書くわ。だから、なるべく遠くに逃げてね」ラッシュの怪我した肩を、ポンと叩 いてから「わかった? 約束よ」  「わかった、俺はもう行く。世話になったな」  ラッシュは、荒々しく早口に言って裏口を出ていった。  それを見送る少女には、さっきまでの明るさとは裏腹にうっすらと霞んだ 涙が流れていた。                  2  ラッシュは町の中を、よもや盗賊の如く逃げ隠れを繰り返しながら町の裏 門へと向かった。  何故自分が逃げなくてはならないのか? 心の葛藤に囚われながら、ただ ひたすら走った。  裏門は警備の手がまわってはおらず、まるで町を行き来する商人の如くす んなりと通過することが出来た。  裏門を抜けてからもラッシュは安心することは出来なかった。  「何処へ行こう?」ラッシュは、広く開けた大地の遥か遠い山や森を見回 して考えた。  「エルカイトの町、そうだ! あの町なら……」  ラッシュは、自分の叔父のミルトンが住んでいる町を思い出した。  エルカイトの町は、ヘンキーの町から遥か北へ50ウォーグ(約50キロ) 程行った所にある町だ。  「とにかく町に急がなくては」  ラッシュは、棒の様になっていく足を何とか前へ押し出すようにして何日 も歩いた。  食糧は船の仕事の親方から教えてもらっていた親方自称の《海賊式剣術》 で鹿や鳥を倒して食べた。  夜は焚火をして過ごす。  ときには、夜通し歩くこともあった。   ついてない ラッシュがそう思ったのは、エルカイトの町のすぐ南にある、 とうもろこし畑の中だ。  黒妖鳥……それは、貪欲で残忍な鳥。一目餌を見つけると自分の腹が満た されるまで餌を追い続ける鳥だ。  ラッシュは、わかっていた。夜に外を歩くのが、どれだけ危険かを。  何とか逃げようと静かに足を運ばせたが所詮人間、魔物の聴覚にかなう相 手ではなかった。  発見された 。 ラッシュは、剣を引き抜いて戦いに備えた。  黒妖鳥は得意の爪で上空からラッシュを目掛け急降下を試みる。  「剣が重い」ラッシュは、体の衰弱を悟りながら下から剣を突き上げた。  鈍い音がした……。剣は偶然にも、みごと黒妖鳥の胸を捕らえていた。剣 に深く刺さったままの黒妖鳥は、剣ごと地にしたたか叩きつけられた。そのすぐ後、 黒妖鳥は最後の力で首を延ばし、ラッシュのきき手である右腕に噛みついた。  「うあっ!」ラッシュの腕を、激痛が襲った。  黒妖鳥はそのまま息絶えたが、ラッシュの腕の痛みは息を絶えてはくれな かった。  (血を止めないと……)なかなか抜けない黒妖鳥のくちばしを何とか引き 抜いて布で止血した。  しかし、安心するのはまだ早かった。ラッシュは昔、自分の親父にこんな 話を聞いたことがあったからだ。それは、『日が山に隠れてから怪我をしたら、す ぐ町に戻れ』ということだった。血の臭いで獣が集まって来るからである。  ラッシュは、腕の痛みに絶えながら残る力を振り絞って町へと急ぐのだっ た。  ラッシュがエルカイトの町にたどり着いた時は、すでに日が昇り始めてい た。  (とにかく、おじさんの家を尋ねよう)そう、考えた。  町は、喧噪に満ちていた。  それは活気ではなく、何かどんよりと暗い嫌な雰囲気だった。  「何があったんだ?」ラッシュは(こんな朝っぱらから……何故?)と心 で呟き、叔父の家へと足を早めた。  叔父の家の前に着き、ラッシュはドアをノックする。  遅いな、と思うくらいの時間がたって、中から「だれだい?」と言う小さ めの声が聞こえてきた。  「僕です、ラッシュです」ラッシュは、明るく言った。  叔父のミルトンは温かく迎えてくれたが、まず先にラッシュを心配した。  「ラッシュ、その傷は……それに、その鎧、どうかしたのか?」  「いや、何でもないよ。大丈夫」ラッシュは痛みを少しこらえるように言 って、家の中へと入っていくのだった。  早速ミルトンの勧めてくれた温かいお茶を口に含んで、この町で何があっ たのかを問いかけた。  「どうも昨晩、この町で殺しがあったようなんだ。それもひどい殺され様 で……。お隣さんのヘリク爺が言うには、被害にあった一人がまだ虫の息で生きて いて、翼の生えた牡鹿が襲って来たと言っていたらしい」  (まさか……)ラッシュは自分の町で起こったことと、何か関連がありそ うだと推理した。 その、ラッシュの推理していた時間も、ミルトンはしゃべり続けていた。  ラッシュは、話を聞き逃したので改めて聞き直した。  「今のところ、もう一度頼む。よく聞き取れなかったから……」  叔父は一つため息をもらすと、再び話し出した。  「よく聞けよラッシュ、その牡鹿なんだがな、どうも古代遺跡のデルフィ ーの神殿に祭られている神獣だということを聞いたのだが……」言葉を止めて、得 意の白髪混じりの髭をなでながらミルトンは何か考えた。「でも、なんでだラッシ ュ、そんなに必要に知りたがるんだ? ……訳ありか?」  ラッシュは、大きく首をふりながら「いや、何でもないんだ。 それより、 ここにしばらく泊めてくれないか?」  話を変えられてミルトンは腹立だしかったが、それ以上にラッシュを攻め るようなことはしなかった。おそらく、いくら叔父と言えど実の兄の息子は、やは り可愛く思っているのではないだろうか?  「ああ、好きなだけいるといい」  ラッシュに、温かい言葉が返ってきた。  ラッシュはミルトンに礼を言って、急に襲ってきた睡魔と対面した。その ままラッシュは、深い眠りについてしまった。  あきれたミルトンは毛布をもってきて、ラッシュにかけてやった。そして、 自分は仕事の支度を始めるのだった。  なにせ、朝はまだ始まったばかりなのだ。                  3  ラッシュは、デルフィーの神殿の前へ来ていた。  そこには、幾年もの歳月が物語る索漠とした遺跡が建っていた。神殿は、 幾本もの石柱に支えられ、その柱頭には蛇の彫刻が刻まれている。  周りは森で囲まれており、本当に文明が栄えていたのかと自分を疑うよう な場所にそれはあった。  ぽっかりと口を開けた神殿は静まり返り、その内部は闇の虚空とも思われ る空間が広がっているような、そんな気さえ起こさせた。   ラッシュは、踏み出した。まだ見ぬ神殿の内部へと……。  もちろんラッシュは、未知の遺跡に足を踏み入れるということが、どれだ け危険な行為かを知っていた。  神の冒涜になるかもしれないし、眠っている霊を呼び覚ますことになるか もしれないのだ。  神殿の内部は、暗く静まり返っていた。それが、普通なのだが……。  ただ、それがラッシュにはとても不気味に思えた。   ラッシュはひとまず明かりをつけることにして、左肩に掛けてあったバッ クパックから火口箱を取り出しランタンに火を灯した。  光が周りの情景を静かに照らしだすと、かすかに怪し気な紋様の刻まれた 壁が姿をあらわにした。  何の紋様なのか、ラッシュにはもちろんわからなかったが、とにかくそれ が異様な雰囲気を漂わせているのは事実だった。  その異様な長い回廊をしばらく歩き、広い礼拝堂のような場所に出た。  「なんだ? あのくぼみは……」  ラッシュは祭壇の後ろ上部の壁面に、何かがはめ込まれていたような、く ぼみを発見した。それは、かなり大きいものだ。  と、突如そのときラッシュの頭の中で言葉が反響したのだった。  『だれだ……我が聖地に足を踏み入れる愚か者は』  ラッシュは、その声に答えようとはしなかった。いや、出来なかった。  言葉の理解より先に、恐怖と驚きが先行したためだった。  「な……何者だ!」ラッシュは、叫んだ。  『ほう、人間らしいな、我々を見捨てた負抜けどもか……』  「姿を、見せろ!」恐怖から逃れようとするラッシュの言葉だ。  『良かろう、ただし、私の姿を見てここから出られた奴は一人のみだ、ど うせおまえも死ぬ定めにある』  ラッシュは先ほどの発言に、ちょっと後悔した……。  そして謎の声の正体が、ラッシュの目の前で姿を表わした。  そこには、巨大な角をはやした有翼の牡鹿が身を構えていた。  「なっ……お前は、デルフィーの神獣か!」  ラッシュの言葉に神獣が反応した。  『ほう、私をご存知とはおそれいるな』間を少しおいて……『確かに……。 私はデルフィー神に従えている神獣アルキュフォスだ、私を知りながら何故この神 殿に足を踏み入れた? 死に急いでいる訳ではあるまい』  神獣は怪しく、目を赤く輝かせながら言った。  「あんただろ、二つの町を襲ったのは」ラッシュは、鹿に指を指してから 言った。  「ほう、あの町の復讐という訳か……ならば話が早い。貴様の息の根を止 めるまでだ!」  「しかたない……。言葉で通じる相手じゃないようだな」  ラッシュは床にランタンを置いて、腰から剣を重そうに抜き取ると、両手 に持ち直した。  先に仕掛けたのは、神獣の方だった。得意の角を使って息もつかぬほどの 速さでラッシュを目掛けて突進してきた。  ラッシュは神獣の初撃を辛うじて避けることが出来たが、しかし、それは 敵の罠だったのだ。  「しまった!」  ラッシュは、視界から光が消えた事に気がついた。  敵の狙いは、端からこのランタンの明かりだったのだ。  ラッシュは自由と共に、なす術を失った。  敵の呼吸のみが耳に入って来るが、それが何処から発せられているのかは、 わからない。  いきなり、ラッシュは猛打を浴びた。金属の高音が、神殿内に反響する。  闇のためかラッシュは、長い距離を中に浮いていたような気がした。した たか地面に背中を叩きつけられ、その衝撃波がラッシュの肺を直撃した。   息が苦しい 呼吸困難に陥ったラッシュは、ここで死ぬ覚悟を徐々にしな ければならなかった。  今まで船の仕事で力をつけていた自分が、とても小さく思えた。  今にもラッシュの最後となる敵の攻撃が襲って来るはずだった……。しか し、どういう訳か敵は襲っては来ない。  ラッシュは、直感した。  (音だ、奴は音で位置を判断している)  ラッシュは、その直感を自分の勝利を掴み取る計画に利用した。  計画は、即実行に移った。  まず自分の腰に下げていた革の金銭袋をはずして、自分の右側に放り投げ た。  カシャンという音を立てて、革の袋は地に落ちた。途端に、おそらく敵の 物であろうと思われる足音をラッシュは耳にした。  そこで、状態を静かに立て直したラッシュは、革袋を投げた場所に思い切 って剣を振りおろした。  手ごたえがあった。共に、神獣の鈍い声がした……。  ラッシュは自分の命に保証をつけるため、とどめを刺そうと試みた。  剣が、視覚では確認出来ぬ敵に振り下ろされようとするその直前、闇の聖 堂内に女性の声が響きわたった。  「やめて、もう止めて」  ラッシュは、剣を止めていた。もちろん暗闇の中で剣が、神獣の首を目掛 けて振り下ろされていたことは、ラッシュは知らなかったが。  ラッシュは、その声に向かって誰なのかを問いかけようとした。しかし、 ラッシュよりも先に声を発した者がいた。  『ディーナ様……。何故ここへ……?』神獣は、苦しみながら言った。そ の言葉で、ラッシュの一撃が致命傷になっていることが理解できた。  「アルキュフォス……。あなたが町を荒らしまわっていることは、私は知 っているわ。もう終わりにして……」   『ディーナ様……』神獣は、何かをあきらめたように言った。  「どういうことだ」ラッシュは、謎の声に向かって言葉を発した。  「詳しく話しましょう、その前にアルキュフォスの手当てをさせて下さい」  すると、神殿の上部が輝き出した。徐々に、明と暗が現れてくる。  この光は、ラッシュは見たことがなかった。その光が魔法とわかるまでに ラッシュには時間がかかった。  あたりを見回すと、呻吟している神獣が横たわり、それに歩み寄る白い絹 のような肌をした美しい少女がいた。  ラッシュはしばらくの間、恍惚としてその少女に見とれていた。  彼女は神獣に治癒の魔法を施した。  やがて彼女は立ち上がるとラッシュの方に踵を返した。  「すべて、話します。こちらに来て下さい。アルキュフォス、あなたも来 るのよ」  ラッシュはまだ完全には安心できず、少し警戒心を心にとどめたまま彼女 に着いていった。  また神獣は、ラッシュを軽く一瞥すると、ラッシュを抜き去って少女のす ぐ後ろについた。  ラッシュは、祭壇を正面にして右側の通路を抜けた古びたドアの部屋に案 内された。部屋の内部はドアと違い、とても奇麗に整頓されており、かなりの生活 感が伺えた。  ラッシュは、小さな円卓に席を勧められた。  神獣は今のところおとなしく、少女のすぐ隣の床の上に寝そべっていた。  少女はラッシュの正面に腰を下ろすと、ゆっくりと話し始めるのだった。  「私の神獣が、町を襲ったのは知っています。でも、あなたが何故この神 殿にきたの?」  ラッシュは答えを返そうとしたが、その前に言っておきたいことがあった。  「この神殿の巫女か何かは知らないが、無理に丁寧な言葉を使おうと思わ なくても俺はかまわないぜ。むしろ、そうしてくれよ」  彼女は軽く、うつむきながら頬を紅葉色に赤らめた。 「えっ、す……すみません。私、人と話すのは苦手なので……」  ラッシュから、少し笑みがもれた。  そしてラッシュは今までにあった町での出来事をなるべく詳しく話した。  だが、一つだけ話さなかった事があった。エイリィの事である。ラッシュ は、何か恥ずかしくて言い出せなかったのだ。ラッシュには、結構うぶな所もある ようだ。  ラッシュは話し終わって、今度はこちらからの質問を少女に投げかけた。  「まず、はっきりさせておきたいことが一つある」  少女は、ちょっと首をかしげる。その反動で、さらっとした長髪が微妙に 揺れる。  「俺の名は、ラッシュ。あんたの名前を教えてくれ。話しにくくって仕方 がなくて……」  彼女は、少女らしく笑って「ええ、私はディーナっていうの。私の神獣に 聞かなかった?」と言った。  「いや、言ったとしても覚えてない……たぶん。それより、神獣が何故町 を襲ったかが聞きたいな」  ラッシュは、語尾を強く言った。  すると突然、彼女の目から涙があふれてきた。その、美しくも悲しい涙の 粒は、神獣の鼻先へ落ちた。無論ラッシュには、見えなかったが……。  『お若いの、そうラッシュとかいったかな……? それは、私から話そう』  いきなり神獣が意識通話でラッシュに語り掛けてきた。  『まず、この神殿を知ってもらいたい。古びているだろう。この神殿は、 かつてから400年あまりの歳月が経っている。その歳月のなか、人間は徐々にこ のデルフィーの神の信仰から遠ざかっていった』  「それの復讐か?」ラッシュが言った。  『確かに……。だが続きがある。それだけなら、私も黙っていることが出 来た。しかし、もっと重大な事がある。それは……ディーナ様のことだ』  「やめて! もういいわ」彼女は、半分叫びながら神獣の言葉をきった。  しかし神獣は、話を止めなかった。  『いや、貴女にとっても重要な事だ……。ディーナ様は、生まれて間もな くデルフィーの儀式によって、神として永遠の命を授かった。ただし、その代償と して目から光を失われたのだが。結果、目の見えぬ神は万物を見抜く力がないとさ れ約150年後に我々は、あのいまいましい魔道師どもによって封印されたのだ』  「私の目は、その時に……」ディーナは、うつむいたまま小刻みに体をふ るわせていた。  「なるほど……。俺の推測だが、おまえが襲った奴っていうのはその魔道 師の子孫って事か?」  『ああ、そのとうりだ』  「俺は、そのとばっちりを食わされたのか」ラッシュは、半ばあきれたよ うに答えた。だけれどもラッシュはディーナの姿を見て、そんなに呆れてもいる訳 にはいかなかった。  「……ディーナさん、すぐに立ち直れって言うのは無理だとわかっている。 だけど、いつまでも泣いていちゃだめだよ」ラッシュは、不器用になぐさめた。  「でも……」  そのまま彼女の言葉が沈黙に変わったとき、神獣がラッシュに重い声で話 しかけてきたのだった。  『ラッシュとやら、おまえには何の罪もない。もともと、私が存在したこ と自体間違っているのだ。私の命を代償として、おまえの罪をなくすがいい』  「……いや、あんたがいなくて誰が彼女を守るんだ? おまえの封印が解 かれたとわかれば、魔道師の生き残りがまたやってくるだろう」  神獣は、思ってもみなかったラッシュの言葉に驚いた。  「俺は、何とかするさ。それより、今後のことを考えた方がいい。そう、 俺の家をつかいなよディーナさん。俺は、しばらく家には戻れないから」  ディーナは、顔を上げた。  「えっ? 本当? でも、アルキュフォスが……」  『ディーナ様……。私は、大丈夫です。私はこの、ラッシュに賭けてみた くなりました』  「アルキュフォス……」少女は、何かを静かに考え出した。  「おい、ちょっとまて。俺に賭けるって何をだ?」  ラッシュは、疑問だった。  『それは、この国で起こり始めている出来事のことだ。あんたら人間は、 まだ気がついてないだろうが、何かの強大な力が動き始めているのだ。その証拠に、 私達の解けるはずのない封印が、こうして解けた事じたいおかしいのだ』  神獣は、なにか自慢げに話した。  「俺に、それを調べろと言うのか……? 俺はあんた達の使い魔じゃない ぞ!」  そうラッシュが言うと、突然何を思ったのかディーナが話し出した。  「私、あなたの家を借りるわ。もちろん、ただとは言わない。お礼といっ たら悪いかも知れないけど……、アルキュフォスをあなたに貸してあげるわ」  「へっ……?!」流石のラッシュも、これには度肝を抜かれた。「いらな いよ。気持ちは嬉しいけどな……」ラッシュの声は、まるで弱虫な子供のようであ った。  『どうせ、町には戻れないのだろ。私と共に旅に出るのだ』  その言葉にラッシュはため息をもらした。神獣のいってることは一理ある のだ。  「…………。もう、どうでも良くなった。いいだろう、暇つぶしに何処か 行くとするか……」  開き直ったラッシュのその言葉を期にラッシュとアルキュフォスは早速行 動に移り、ディーナを町のすぐ側まで送った。  のち、ラッシュと神獣は赤く染まった空の下で相変らずの言い合いを続け ながら、にぎやかに更なる冒険へと旅立つのだった。   この先に、何が待ち構えているのかと胸をはずませながら……。  END  ちなみに、つづけたいけど忙しすぎて、続かかない(爆)