『テーマ館』 第30回テーマ「無題」


題名のない絵本 投稿者:松藤よしき  投稿日:11月14日(日)14時11分01秒

      
       昔、僕は表紙がとれた絵本を持っていた。小人のような姿の、一風変わった
      服を着た人が沢山出てくる本だった。子供の絵本ならば普通、赤!黄!水色!
      ピンク!グリーン!といった鮮やかで分かりやすい色を使ってあるものなのだが、
      その絵本には異国の風景が渋みの利いた独特の色使いで描かれていた。
       話の内容は、大地が平らで海の向こうに世界の涯があると信じていた
      人々が、科学者達によって『地球が丸い』事を教えられ、
      パニックに陥る話だった・・・と思う。
      『地球は平らではない』事を知った村人達が驚愕している場面で僕の本は
      終わっていた。
       最後の落ちがどのようになっていたのか、僕は知らなかった。
      表紙と一緒にとれていたからだ。どんな結末になるのだろうかと子供心に
      僕は色々想像した。
       信じ切れずに『世界の涯』を探しに行って地球を一周してしまい、
      村人達は唖然とする。それとも何時の日かひっくり返って逆さまになり、
      死んでしまうのだと思い込んで村人が集団自殺する。そして、どす黒い大地を
      前に科学者が『教えなければよかった』とうなだれる。
      (我ながら僕はませた餓鬼だったのだ)
      また、丸い大地では住めないと、村人達が宇宙船を作って平らな大地を探しに
      宇宙に旅だったというのも面白い。
       僕は題名も分からないその絵本を、「人がパニックになる」内容の
      子供の絵本らしくない本として記憶していた。
          *    *
       ある日、大学の本屋で僕は懐かしい色彩を見つけた。その人の画集に並んで
      絵本も2、3、置いてあった。そして、その中に僕は例のパニックの絵本を
      見つけた。細密な絵が描かれた立派な表紙がついている。
       長年の謎だったお話の最後のページには、暴れるのでもなく、
      旅立つのでもなく、ただ、村人達が神様にお祈りする場面がかかれていた。
      表紙には『地動説の本』と題がふられていた。
       僕の名前がない本に題名がついた。
       知らなければよかったなと、僕は思った。
      大地が丸いことを知ってしまった村人達の様に。