『テーマ館』 第30回テーマ「無題」


冒涜 投稿者:SOW・T・ROW  投稿日:12月17日(金)16時24分02秒

      
      掲示板にはもう御挨拶をしたのですが、改めてはじめまして
      SOW・T・ROWです。
      えらく内容が偏っていて、長長しい物を書いてしまいました。
      危険でしたら、消して下さって結構です。批判、感想など出来たら下さい。
      酷評も嫌ですが、覚悟してます。     では。

      彼は、その偶像を叩き壊した。
      常に温かく儚く微笑んでこちらを見ていたその偶像がそびえていた台から、
      彼は、叩き落として、それを破壊したのだ。

      彼は、敬謙な信者だった。
      生まれた時から神と崇めるそれに恐れ尊び、
      自らが神に仕える使徒となる為にその身を尽くした。
      毎日毎時欠かさず神の姿たるその偶像に祈った。
      教典の中に書かれている様々な言葉、逸話から神の言葉を読み取り、
      その言葉のままに彼は生きてきた。
      それらは彼に充足感と存在価値を与え、
      至高の幸せと溢れて止まない優しさをもたらした。
      実際彼のいる場所には彼と同じ神を崇める人々が度々訪れ、
      彼もまたその神と同じく尊ばれた。
      人々が幸せと感じるその瞬間の為に自分は存在するのだと、
      信じて止まなかった。
      しかし、ある嵐の日、彼の所にある男が訪れた。
      彼は茶色い変わった形のコートを着ていて、雨宿りの為にと尋ねてきたらしい。
      確かに彼の場所は一般にも開かれた場所であり、
      そこ以外に雨宿りする場所は少し遠かった。
      勿論彼は拒む事無く歓迎し、中に招き入れた。
      そこで彼らは少しの世間話と男が見てきた外の世界の話で、
      時間を過ごした。
      ふと男は言った。
      「貴方の神は、どんな御姿ですか?」
      彼はいぶかしげにこう応えた。
      「あそこにいらっしゃるままの姿です」
      すると男は、
      「御冗談を。あれは只の石膏ではありませんか。
      私が聞いているのは貴方の心の中に居られる神の事です」
      只の石膏。それを聞いて、彼は激怒した。
      あれは、神の尊い姿であった。男はそれを汚した。
      男は、彼の怒号を浴び、何も言わずに何時の間にか晴れた外へと帰って行った。
      しかし、その言葉は彼の中で亀裂を生じさせた。
      石膏。確かに、あれは誰かが誰かに作らせた架空の偶像だ。
      あれは神ではなく、神と信じ込んでいた物なんじゃないか?
      そう思う度に彼は自分を蔑んだ。危険な懐疑だ。
      自分は神を冒涜している。こんな考えなど捨てなければ。
      しかし、人は禁止された思考にこそ意識を向け、それを増大させる。
      彼は混沌とした葛藤の中に入っていった。
      自分が教典や文献から学んだ事も神の言葉ではなく、
      自らが捏造した物なのではないのか?
      そうすると、それに沿って行なってきた優しさや助けも、
      まやかしの物、自分が生んだエゴなのではないか?
      そんな考えが頭を占めるようになって、
      毎日訪れる信者の心を裏切っているんじゃないか、という罪悪感は日々強まり、
      ついには自分の場所を外部から封鎖した。
      そして、ただ惰性のようにその偶像と向き合った。
      何も食べず、その前で彼は寝て、起きた。
      それからもうどれくらいの時間が過ぎたのか分からなくなった時、
      ふと、あの男の言葉が頭をもたげた。
      「貴方の心の中に居られる神ですよ」
      目を閉じると、自分が思い描く神は目の前の偶像に確かに似ていたが、
      決してその偶像のままではなかった。
      迷える時も喜びの時も何も言わずただ佇むその偶像と違って、
      彼の中の神はそれに応えた。
      確かにそれは、自分が作り出した都合の良い神かもしれない。
      しかし、その神が今までずっと彼の中で彼を救い彼に優しさを与えた神なのだ。
      目の前の偶像などではない。
      だから、捏造された物だと疑った神の言葉も、決して虚構などではないのだ。
      縋るのではなく、共に生きるのだ。
      自分の中の神を裏切らぬ考えと精神を持つのだ。
      神は、個々の心の中で、個々の言葉を齎して、それへの迷いも与え、
      そしてその言葉を自らのものにするのを手助けしてくれるものなのだ。
      こんな偶像など必要ないではないか。そう思い至った。

      だから、彼は偶像を壊した。
      そして、信者達にそれぞれが思う神を粘土で作らせた。
      前の偶像と同じでも良い。新しい姿でも良い。
      それが貴方自身の神であり、
      ここで学んだ教えを本当に自分自身に齎してくれる神なのだと教えた。
      今まで偶像があった台には、彼らが作った神の姿が並んでいる。
      彼はもう神のように扱われる事もなくなり、一人の信者となった。
      そして、彼の場所は教えに対する迷いや思いを考える、そういう場所になった。