『テーマ館』 第30回テーマ「無題」


無題 − あるいは一つの実験結果 投稿者:Lepi  投稿日:12月18日(土)19時31分44秒

      
      長い長いトンネルをくぐり抜け − 彼はついに、《邪悪なるもの》を
      追いつめた。あと一太刀で、長年追い続けてきたそいつを、倒せるはずだった。
      だが −
      「とうとう、ここまで来てしまったのですね……」
      《邪悪なるもの》から発せられた声は、彼を驚愕させた。
      それは、彼をこれまで導いてきたはずの《正義の女神》と同じ声だったからだ。
      「そ、その声は……!」彼は《邪悪なるもの》をまじまじと見つめた。
      「なぜ! まさか、まさか同一の存在とでも……!」
      《邪悪なるもの》がフッと笑った気がした。そこへ《正義の女神》の
      顔がだぶったように見えた。
      「自然の営みは、常に対称になっています。陰と陽、作用と反作用、
       常物質と反物質……あなたの考える正邪とは、また次元が異なるのです。
       《正義》《邪悪》などと呼んだのは、あくまで便宜的に過ぎません。
       車の両輪のようなもので、どちらか一方だけを消滅させることは出来ません。
       一方が消えれば、一切が無に帰してしまいます」
      「では……なぜ、なぜ私をここまでお導きになったのですか!」
      「私ではありません。この世界の外側にあり、我々の一生すら一瞬と
       してとらえるような、より高次の存在……」
      彼は暗い洞窟のような世界を見渡した。この世界の、外側……?
      「ここまで来てしまったからには、やむを得ません。さあ、あなたの
       使命を果たしなさい……」
      だが、混乱した彼は動けなかった。
      突然《邪悪なるもの》は立ち上がり、彼に挑みかかってきた。
      ほとんど条件反射的に、彼は剣を振りかざした……。


      「対消滅確認……反粒子、すべて消滅の模様です」
      「やっぱり、対称性は崩れなかったようね。粒子加速器をオフに」
      「先生、今回の観測データ、表計算ソフトにイクスポートしますか?」
      「とりあえずテキストに落としといて」
      「ファイル名は何と……」
      「そうね……すべて無に帰したんだし、ファイル名は《無題》のままでいいわ」