第59回テーマ館「あの人」もしくは「金の亡者」



夏の思い出。 芥七 [2005/11/27 18:02:58]

海の向こう、遠くの空に浮ぶ茜色の雲。
まるでフィルター越しに見ているかのように朱にそまる世界。
あの海の向こう、どこかにあの人はいる。
目を瞑れば瞼の裏に浮ぶ光景は、強い日の光に照らされて、それすらもがオレンジ掛か
って見えた。
海岸線に寄せては返す波の音は、いつまで経っても色あせる事の無い記憶を蘇らせてく
れる。
懐かしい思い出として。
海岸線を走るあの人。
捕まえて僕が覆いかぶさった時、あの瞬間の目を大きく見開いたあの人の表情。
そのまま、何度も近づいては離れる二つの影。
全てが大切な、かけがえの無い思い出。
もう、帰る事の無い。思い出。

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ぽんと肩を叩く軽めの感触に僕は振り返る。
そこには少しくたびれた様子のスーツ姿の男。
無精ひげを生やして、咥えたタバコは何度ももみ消しては火をつけたのか、先が焦げた
まま潰れていた。
男は夕日がまぶしいのか、眉を潜めたあと、顎を杓った。
「よぉ、殺人鬼、死体は本当にこの海に捨てたのか、あ?」
極めて不機嫌そうに、言うその男の後ろでは濃紺の鑑識帽をかぶった作業着姿の人々が
砂浜を掘り返したり、写真を撮ったり。
僕はにっこりと微笑んで、手・・・手錠でつながれた両手の右人差し指で指し示した。
その先にはただただ広がる海。
「ええ、間違いありません刑事さん、この砂浜であの人を殺した後、バラバラにして、
あの辺りの海に捨ててあげました。」
それを聞いた男は舌打ちをしたあと、後ろで作業をしていた鑑識の一人を呼ぶと、何か
支持を出し始めた。
僕はまた海に向き直ると、そのまま、また目を閉じた。
波の音に耳を傾ける。
その脳裏に浮かび上がるのは、生きたまま体を切り裂かれ引き攣るあの人の顔。
それを思い出してまた僕は、口元を歪に歪ませるのだ。

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