第77回テーマ館「音楽」



『ブレーメンの音楽隊』・・・その後 ジャージ [2010/05/16 01:55:09]


 大泥棒を驚かせ、
 一晩で一軒家を手に入れた欧州の伝説の
 アニマルバンド(?)『ブレーメンの音楽隊』

 彼らはその後どうしたのであろうか・・・。

【某年某月 ドイツ・ブレーメンのちょい手前の所】

『音楽は≪朝≫に始まるコケッ!夜にやるなんて邪道コケコッコ〜!!』
『何を言うニャ!夜こそがライブの時間ニャ!!』
 羽をバタつかせ興奮して言う雄鶏に、猫が机をバンバン叩きながら反論した。
音楽隊として、どの時間帯に演奏するか口論をしているのは、ここ最近。
『なぁ、犬さん!アンタはどう思うニャン!』
 雑誌を眺めていた犬に意見を求める猫。だが、その口論に興味はない様子
で、雑誌のページをめくる。
『やっぱ、朝がいいコケね?!』
『夜だにゃ?!夜だにゃ?!』
 雄鶏と猫に責め寄られ、犬はため息をついた。
『それよりか・・・転職しよっかなって思ってるんだワン』
『コケッ?』
『転職ニャン??』
 犬は雑誌の1ページを雄鶏と猫に見せながら、続けて答えた。
『やっぱさ、自分、まだ≪隠居≫する身でもないって思うワン。』
『だって、アンタ、猟用犬を≪解雇≫されたニャン?!!』
『そだワン。でも、これなら出来るワン』
 雑誌のページの右上に赤いペンで印がされている所に犬は指をさした。
『番犬募集?・・・猟犬としての経験がある犬(かた)大歓迎コケ?』
『職種:自宅警備(番犬)・・・三食昼寝付き。新築犬小屋支給ニャ??』
『≪ご主人様≫がいない犬なんて、野良犬と一緒だワン!』
 歌って余生を過ごす・・・生真面目な犬にとって、ここ最近不安だという。
犬にとって、主人がいて、それを忠実に守るのが犬の使命だというのだ。
『音楽隊はどうなるコケ?』
『そうだニャン。わたしとコイツとアンタとロバさんと4匹で・・・』
『2≪匹≫と1≪羽≫と1≪頭≫だワン!』
 変なところでツッコミを入れる犬。でも表情は固い。
『歌は楽しいワン・・・。でも、≪負け犬≫の遠吠えみたいで、嫌なんだワン!』
雑誌を握り締め、悔しそうに犬は言った。犬の目からはうっすらと涙がこぼれて
いた。
 ≪歌≫を≪楽しみ≫としていた雄鶏と猫。でも、犬は違っていたのだ。
人間から≪お役後免≫となったはずの4匹が出会い、ブレーメンへ向けて旅をし、
そして≪大泥棒≫を追い払ってから、今日まで家族の様に楽しく過ごして来た。
『・・・雄鶏さんニャ』
『コケ?』
『わたしら・・・≪方向性≫ってのがずれてきたニャ・・・』
『で、でも、ロバさんはどう思っているコケね?』
 雄鶏の一言で気づく猫と犬。そういえば、今朝からロバの姿がない。
『ロバもお世辞ながら歌は上手くないワン。・・・自分は先に寝るワン。』
 犬は雑誌を持って寝室へ向った。と同時に
『歌は苦手でヒヒヒン♪』
 犬の独り言に答えるかの様にロバが家に入って来た。
『どこ行っていたニャ!』
『そうだコケ!!』
 帰宅と同時に猫と雄鶏はロバを責めた。寝室に向うはずの犬もロバの姿を
見て立ち止まった。
 ロバは3匹の表情を見て軽く頷く。そしてテーブルに向い、なにやら書類を
出し始めた。ロバの表情はとても生き生きしていた。音痴だが鼻歌まで歌って
いる。
 犬は向きを変え、静かにロバのいるテーブルに向った。猫と雄鶏はお互い顔を
合わせて、犬に続いた。
『これが・・・これでヒヒン♪』
 いつもと変わらない表情のロバ。いやいつもに増して機嫌の良いロバに、3匹は
それぞれの思いを伝えるかどうか戸惑った。
『ロバさん、自分は貴方をリーダーとして見て来たワン。』
 犬の一言に、ロバの手が止まる。
『でも、自分は元・猟犬であり、飼い犬でもあるワン。じ、自分のリーダーは、あ、
 貴方ではなく・・・人間なんだワン・・・。』
 ロバは犬の顔を見た、そして猫、雄鶏の顔も見た。
『朝一番に歌いたいんだコケ!!』
『夜にニャーニャー歌いたいし、猫集会にも参加したくなったニャン!!』
 雄鶏も、猫も、犬に続いて主張を始めた。楽しい生活の中でも、それぞれ悩みや
不満があったようだ。夜なのに雄鶏が大きく鳴き出した。
『コケー!コケー!!でも、皆の事が嫌いになったわけじゃないんだコケー!!』
『ごめんニャ〜!わたしも雄鶏さんとはケンカするけど、憎くてしているんじゃ
 ないんだニャ〜!!』
 猫は、夜に大鳴きする雄鶏抱え込み、一緒に泣き始めた。ロバは鼻歌を止めたが、
テーブルにそろえた書類を、黙々と確認をしていた。
『僕は人間じゃないから、犬君を命令するつもりはないし、僕がここのリーダーって
 思ってないヒン?』
 ロバは『失礼』と言いつつ、犬から雑誌を取り、パラパラとめくった。
『・・・番犬かぁ〜。いいんじゃないヒヒン?』
 マルで印をした所、そしてその上にバツの印をした所も多数あった。
『苦労させたヒンね?・・・ここのところ、犬君、元気がなかったからヒンね?』
 犬は自分の考えが、前々からロバに悟られていた事に驚いた。
『ロバさん・・・失礼な事を言ったワン・・・』
『いやいや、別に気にしてないヒンよ?・・・それよりお茶でも飲もうヒヒヒン♪』
 ロバはまた音痴な鼻歌を歌いながらキッチンへ向った。

 犬は外を眺めていた。夜空に浮かぶ月は、いつもに増して寂しく思えた。雄鶏と猫
は相変わらず抱き合って泣いていた。
 ロバは数分でキッチンから戻り、4匹分のお茶を持って来て、テーブルに並べた。
『猫さんのお茶は冷ましてあるヒン』
『・・・ニャ』
 4匹のうちで一番明るい猫。でも今はとても元気がなかった。
『・・・お茶を飲みながらでいいし、そのままでもいいヒン。僕の話を聞いてほし
 いヒン。』
 ロバはお茶を一口すすってから話を始めた。
『黙って家を出て行ったのは申し訳ないヒン。・・・今日は≪ブレーメン≫まで行
 ってきたヒン。』
 ≪荷物運び≫をしていたロバは主から≪戦力外通知≫を出され、ブレーメンへ行こう
と旅をし、今共に住んでいる仲間たちと出合った。そこで楽しく過ごす事も悪くは無い
が、生まれてから≪海≫を見た事のないロバは、ふと当初の目的地であるブレーメンに
行こうと思ったのである。

 ロバには罪悪感があった。

 仲間を見るうちに、それぞれの考え方や価値観が異なる事に気づいたのだ。同じロバ
同士なら考えは一緒だから、集まって生活する事はできる。だが、異なる≪動物≫同士
では、いずれ争いが起きると思ったのだ。その予兆は、何気ない日常の中で次第に大き
くなっていた。

 自分の旅に、彼らを引き込ませてしまった・・・それがロバの罪悪感だった。

 ブレーメンという都市を見て、海を見てから『彼ら』と別れようとも考えていた。

 貿易都市でもあるブレーメンは活気に満ち溢れていた。若いロバ達が大きな荷物を運
び、港まで列を作って歩いていた。ロバ達の進む先は、大きく、広く、そして果てしな
く≪水≫が広がっていた。これが生まれて初めて見る≪海≫だった。
 この海を見ながら、年老いたロバ達を見つけ、生活しても良いかとロバは思った。

『ロバさん・・・貴方も・・・』
 いつしか犬はテーブルの席についていた。犬だけでなく、雄鶏も猫もそれぞれの席に
座っていた。
『・・・こんな話をするつもりじゃなかったヒン。そこの港である人間に出会ったんだ
 ヒン』
『人間ニャン?』
 猫は2杯目のお茶を飲みながらロバに問いかけた。
『なんでも、僕らに興味があるみたいだヒンよ?』
『サーカス団の人じゃないワンか?』
 ロバは老眼鏡を取り出すと、一枚の紙を読み始めた。それはここにいる4匹に宛てた
手紙だった。

 勇気ある動物隊へ

 盗賊団を追い払ったという噂は、街に住む者達は皆存じております。
 ロバや犬、猫や雄鶏を見ると恐れる者が多数おり、取調べを行ったところ
 それらは皆、手配中の盗賊団であった事が警察署長から報告を受けています。

 私は、あなた方を『名誉ある市民』として受け入れたいと考えております。
 いや、私個人だけでなく、年寄りから子供までもが皆、あなた方がブレーメン市
 の『市民』になる事を心より望んでおります。

 良い返答を市民一同、心よりお待ちしております。

                           ブレーメン市 市長
                           ヨハン・シュミット

 雄鶏は首をかしげながら、犬に尋ねた。
『シチョウってなんだコケ?』
『・・・に、人間の街のリーダーだワン』
『シュミット氏は動物愛好家でもあるヒヒン。・・・で、君達の前に並べた書類を見て
 ほしいヒン♪』
 書類には、それぞれ市民権が保証されてある事が明記されており、また住宅の準備も
あるとの事が追記されていた。
『あれ?猫さんの書類と内容が違う所があるワン』
『そこは自己決定項目だヒン』
『ニャにしょれ?』
 猫は難しい話になると、眠たくなる様子で、大きな丸い目はやや細くなっていた。雄鶏
は書類をくわえながら、すでに眠っていた。
『僕らにも≪仕事≫が与えられるんだヒン!』
 犬は興奮しながら書類に目を通していた。彼の新しい≪ご主人様≫は・・・
『市長なんだワン!』
『犬君には、市長の番犬役ができる。貿易都市の市長だから他都市、外国の貿易関係者
 や要人と出会う機会が多いヒン。少し危険かもしれないが・・・』
『い、いえ!それが犬の使命ですワン!・・・あ、ありがたいワン!』
 犬は何度も書類に目を通しては、自分の新たな使命に酔いどれていた。
 猫は、若い街の猫にネズミ捕りの指導教官をしたり、野良猫の更正・相談役をする
仕事を。雄鶏は市長庁舎に要人が来た時の、朝一番の発声。またカモメやカラスの勢力
争いの第三者としての任につく。

 そしてロバは、重要書類配達や新入りロバの教育係り、中堅ロバのリーダー教育教官
の仕事が与えられる。

 住居は市長庁舎の一角で、今の家よりも広い住宅が与えられる。そして、またいつも
の4匹で過ごす事になるのだった。

 『ブレーメン音楽隊』は、期待以上の活躍を見せ、多くの住民に愛された。お祭りの時
には、市庁舎の横で例の如く、ロバ、犬、猫、そして雄鶏の順で乗り上げ、一斉に鳴くの
が当時の名物となった。

 彼らが他界して、世代を超えて今もなお、ブレーメン庁舎横には彼らの名誉と栄光を
称えた像が建っている。

                                     END



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