第47回テーマ館「鬼」



狂愛 なな [2002/10/25 19:40:20]


 「ねぇ。かくれんぼしない?」
 唐突に美香が言い出した。20歳記念の小学校の同窓会で集まった帰り道、俺たち5人は母校
を訪れていた。何もない山奥の学校はすでに廃校になっていて、その古い木造校舎は今にも崩れ
落ちそうだ。
 「でも、夜だぜ?」
 いかにも今風の若者である山本 和人は意外にもこの提案に反対のようだった。
 「おもしろそうじゃん、やろうよ。」
 昔から心霊やら祟りやらこわいもの好きだった京子は目を輝かせている。俺的には山本の意見
に賛成なんだが、もう一人心霊現象マニアがいた。
 「何か見れるかもしれないしな。」
 坂井 トオル。通称‘三つ目がとおる’。このあだ名はあるマンガからきてるらしいが意味は
まったく違う。別に人格は変わったりはしない。ただ、こいつには『何か』を見る目があるらし
い。これで賛成3人に反対2人で民主主義の勝利だ。俺たちは月明かりだけが頼りの夜に、不気
味な校舎でかくれんぼをすることになった。
 ジャンケンの結果、言い出しっぺの美香が鬼になった。美香は、どちらかと言うとおとなしい
ほうで今回のこの提案などするようには見えない。俺は心配して変わろうかと尋ねた。
 「いいの。あたし初めから鬼になりたかったから。」
 無理をしてるのかとも思ったがそうは見えない。むしろ楽しそうだ。人は強くなるものらし
い。あの美香がちっとも怖がっていない。俺たちは安心して学校へと向った。
 いくら夏とはいえ、山の夜は寒い。立ち入り禁止の看板のさがった扉から校舎に入るとひんや
りとした空気が顔にあたった。窓からは月光が差し込んでいて思ったよりも明るい。今夜は満月
だ。
 「ここであたしが100数えるからみんな隠れてね。」
 そう言うと美香は数を数え始めた。ゆっくりと。よく聞こえるように大きな声で。その声は、
ガランとした校舎の端から端まで響いていた。その声が届くところすべてが鬼の領域だとでも主
張しているように。
 正直言うと、お化けの類が苦手な俺はトイレ等の危険な場所は避けて二階の教室のひとつに隠
れた。すると、そこに山本が入ってきた。
 「俺さ。実はユーレイとかってだめなのよ。わるい。一緒に隠れてくれ。」
 同じ気持ちだった俺は即座にOKした。ふと気づくと美香の声が止んでいた。俺たちは息を潜め
て教室に残った机の陰に隠れていた。長い沈黙があたりを包む。俺は窓の外の月を見た。珍しく
赤みがかった月がでていた。星はでていない。空にはその赤い月しかでていなかった。ありえな
いことだった。ひとつも星が見えないなんて。急に寒気を感じて山本に話し掛けようとした、そ
のとき。教室のドアがいきなり開いた。美香?シルエットは美香だ。暗くてよく見えないが美香
にちがいなかった。その人影はこっちに向かっている。何か様子がおかしい。何か違和感を感じ
る。山本も同じ気持ちのようだ。すがるような瞳で俺を見てくる。なんだ。何かがいつもと違
う。そのうちにもだんだんとその人影は近づいてくる。
 「おい。あれ、おばけじゃないか?美香には見えない。」
 俺も同感だった。うなずくと俺たちはその人影がいる方向とは逆の扉に向かって走った。
 「待て!!」
 美香の声だった。だが、おかしい。いつもより低い。それにしゃがれた声だ。振り返ると、月
の光がその人影を照らしている。間違いなく美香だ。髪はばさばさで目は血走っている。手には
ナタを持っている。まるで別人だ。逃げないと。だが美香は勢いよく机をなぎ倒しながらこっち
に向かってくる。捕まる!?そう思ったとき、美香は山本に飛びついた。
 「あたしは今日も鬼になる。あなたのため。そう、すべてあなたのために。」
 美香は山本にしなだれかかりまるで愛を語るように優しい口調で喋った。
 「あたし、見ちゃったの。あなたがいけないことをしてるとこを。でも、いいの。私わかって
るから。あんなことをしたのには理由があるのよね。だってあなたは優しいから。平気よ。わか
ってるの。」
 何を言っているのかわからない。ただ、山本の顔は恐怖でひきつっている。
 「あたしが鬼になるのはあなたのためなの。だって、あたしがあなたを捕まえてあげないとあ
なたはダメになってしまうから。あの女はあなたを騙してるのよ。不幸なふりしてあなたの同情
をかってるのよ!はっ。ほんとに不幸な女があんなに嬉しそうな顔をしてあなたに会いにくるか
しら。ねぇ。そうでしょ。」
 まるで小さい子に言い聞かせるような口調でそう言うと美香はナタを振り上げた。
 「やめろ、美香。離せ。」
 山本の声は震えている。止めようと思うが体が震えて動かない。ナタは今にも振り下ろされそ
うだ。
 「どうしてそんな目で見るの?あなたのためなのよぉ?ダイジョウブ、私わかってるから。わ
るいのはあの女。許せない。カズトは誰にも渡さない。」
 最後のほうはほとんど叫びに変わっていた。ばっと身を離すと信じられない速さで山本を突き
飛ばした。
 「私はわかってるけどカズトはわかってる?これはあなたのためなの。」
 また優しい口調でそう言うと美香は勢いよくナタを山本の脳天に振り下ろした。ゴン、という
鈍い音がして山本の頭にナタがささった。山本の体は一瞬びくっととびあがって動かなくなっ
た。頭にナタがささった姿はまるでよくあるホラー映画の登場人物のようだ。
 「ごめんね。最後には私、ほんとの鬼になっちゃったみたい。」
 美香は泣いていた。いつもの美香だった。そして俺のほうを向いて言った。
 「ああ。いたんだ。見られちゃったんだね。」
 それだけ言うと美香はニッコリと微笑んだ。そして窓に走りより叫んだ。
 「今日、私は鬼になった。でも、カズトのためだったの。ぜんぶ。ぜんぶ。」
 止めようとしたが間に合わなかった。美香はそのまま空中に身を投げた。二階だったにも関わ
らず即死だった。二人が恋人同士だとは知らなかったし、どんなもめごとがあったかも知らな
い。だが、奪われるくらいなら奪ってしまおうという美香が俺には信じられなかった。嫉妬は人
を狂わせるというが、まさしく美香は鬼だった。ひさしぶりの帰省が終わり俺は東京に戻る。大
切な恋人のいる街へ。俺は鬼にはなるまい。今はまだ。


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