第47回テーマ館「鬼」



雪の絨毯 鳳蝶 [2002/12/15 12:02:36]


凛とした冬の空気。
開け放った扉から流れ込んでくる、その空気は身体を冷やし私を凍えさせる。
吐く息は白く舞い上がり溶けるように霧散して消えた。
ふと顔を上げる。
其の目の前に愛しい人の安らかな顔があった。
そっとその頬に触れてみる。
血の気のないその顔は生きていた頃のように柔らかいのに、極めて冷たく、触れた指先から温か
さを奪い取ってゆく。
まるで真綿のようである。
触れたものを柔らかく包み、その身体に取り込んでゆく。
そっと、その顔を胸に抱き寄せて頬を擦り付ける。
なぜこんな事になってしまったのだろうか。
つい数時間前まで隣で笑い、時に怒り、時に拗ねたその顔に今は一切の表情はない。
あるとすればそれは冷たい死の表情。
ただただ重く闇を引きずりながら沈み込む。
クシャクシャになった髪の毛からは愛用していたシャンプーの香が微かに残っている。
彼女の残り香とも言えるその匂いを肺一杯に吸い込む。
その長い髪を、申し訳ないと思いながら少しだけ切り取り束ねた。
なんて人は脆いのだろうか。
たった一度抱きしめただけで、死んでしまうなんて。
彼は彼女の躯をそっと床に寝かせると立ち上がった。
直接そこに寝かせるのには多少の抵抗はあったが、しかし、少しでも温度が低い場所の方が彼女
が少しでも長く美しいままでいられると、そう考えたのだ。
身体を反転し、足を扉の方へとむける。
扉から身を乗り出そうとした瞬間、首だけを回して後ろを振り返る。
「さようなら愛しき人よ、決して貴女の事は忘れまい」
口には出さずに、心の中で呟く。
再び外に顔を向ければ、いつの間に降り出したのか外は視界を覆うばかりの雪。
身を隠すにはちょうどいい。
彼の体は余りにも醜く、見るだけで吐き気を催す。
まだ奇麗な一面の雪に足を踏み出すと、次の足で一気に踏み切り跳躍した。
その影姿は一瞬にして降り頻る雪の中へと消えた。
ただ、歩の跡と愛しい人をここに残して。

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