第53回テーマ館「幻」



幻影 原千円札 [2004/04/09 01:53:59]


 それほど、仲の良い友達ではなかった。時々、どうでも良いような会話は交わした記
憶があるが、実際のところ彼に関する記憶はそれだけだった様な気がする。ただ、だら
だらと会話を交わす程度の関係。それが、彼との関係だった。休み時間になると、彼は
僕のそばにそっと現れ、僕が彼よりもずっと仲の良い友人達と話をしているときも、静
かに僕の隣なり後ろなりに、彼はいた。

 それから数年後の今日。高校時代の同窓会が開かれた。勿論、僕も出かけた。久しぶ
りに友人達と情報を交わしたいというのもあったが、一番の理由は彼だ。最近、妙に彼
の事を思い出すのだが、どうしても彼の顔を思い出すことが出来ないのだ。同窓会に出
席し、彼に会うことが出来れば、僕は恐らく彼が高校生だった頃の顔を思い出すことが
出来る事だろう。

 ところが。同窓会は全員出席だと言うのにも関わらず、彼を捕まえる事は出来なかっ
た。同窓会に出席していないのでは、とも考えた。しかし、今日の同窓会には全員が出
席していると聞いた。そうすると、見つけられないだけなのか。それも違う。全員が集
まって記念撮影をした時に、彼の姿は見えなかった。そうすると、彼は何処へ……。さ
ては、彼は別のクラスの人間だったのではないか。……いや、違う。彼は授業が終わる
と同時に、僕の横に来ていた。他所のクラスの人間であれば、少しの時間が必ずかかる
はずだ。そうなると、彼は一体……。

「やあ、久しぶりだね」
 と、その時。何者かに声を掛けられた。今、考え事をしているんだ、と言おうと思っ
て、その人物の顔を見たら……。
 彼だった。
「……久しぶりだな」
「もう何年になる?」
「……確か、俺たちが18歳で卒業してからだから……12年か」
「そうか……もうそんなになるか」
 ふと、僕は彼の服に目をやった。彼は、ホテルマンの服を着ていた。そうか、彼は同
窓会の会場であるホテルで働いていたのだ。だから、記念撮影の時に気付かなかった。
僕は普通の服の人間ばかりに目を配っていたせいで、彼がホテルマンの服を着てこっそ
り写っていたことに気付かなかったのだ。なんだ、そんなことか。つまらん。
「それにしても、久しぶりだなあ」
「おーい、榎戸!」
 彼と会話をしている最中に、僕の名前を呼ぶ声。声のほうを見ると、高校時代の友人
がそこにいた。当然だ。同窓会なんだから。
「ちょっとすまない」
 僕は彼に一言言ってから、僕を呼んだ友人の元へと向かった。
 すると、友人は開口一番に言った。
「お前、まだ独り言のクセがあるのか?」

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