第53回テーマ館「幻」


「幻の女」 しのす [2004/7/06 01:09:14]

「夜は若く、彼も若かった。夜の空気は甘いのに、彼の気持ちは苦かった。
ってアイリッシュの『幻の女』の書き出しだけど、読んだことある?」
と高田がたずねた。僕は首を振る。
「そうか。妻殺しの容疑がかけられた男がアリバイを証明してくれる女性を
捜す話なんだけど、それと同じようなことが俺にも起こったんだ。
先月のことだが、妻と喧嘩して街に飛び出したんだ。
理由?喧嘩の理由は忘れたけど。
むしゃくしゃしながら歩いていると彼女を見かけたんだ。
彼女はショートカットの美人で、俺は思わず声をかけた。
彼女の名前は、ユウ。
その後一緒におしゃれなレストランで軽く食事をして、
スタンドバーで飲んだ。そして別れたんだ。
家に帰ってみると妻が殺されていた。
アリバイを証明してくれるユウを探しにでかけた。
レストランでウェイターに
「一緒にいた女性のことを知らないか」とたずねると
ウェイターは変な顔をして
「女性ですか。女性と一緒にお食事はされていませんでしたが」
と答えた。
俺はスタンドバーに行った。
マスターに「一緒にいた女性のことを聞きたい」とたずねると
やはりマスターは変な顔をして
「女性は連れていませんでしたよ」と言った。
俺は世界が崩壊するほどのショックを受けた。
ユウは幻だったのか」

彼はグラスの水割りをごくりと飲むとまた話を続けた。

「俺は街を必死で探した。そしてとうとうユウを見つけたんだ。
彼女に証言してもらって俺は自分の無実を証明できた。
しかしレストランのウエイターも、バーのマスターも
なぜ嘘をついたのか、その謎は残ったんだ。
あ、ユウが来た。命の恩人の彼女をお前に紹介したくてな」

店の中を近づいてくるユウは、確かにショートカットで美しい顔をしていた。
彼の指示に従って、彼の横に座るとにっこりと微笑んで、ハスキーな声で
「ユウヤ、です」
と、幻の「女」は言った


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