第78回テーマ館「ラジオ」



ラジカセの上下する波みたいなの、あれはスペアナって言うのしってました? 芥七 [2010/09/26 16:06:09]


気がつくとベッドの上だった。目覚まし時計のスイッチをオフにしつつ時刻を確認する
とまだ6時前であった。いつの間に寝てしまったのだろうか、頬に染み付いたよだれと
皺の跡をぬぐいながら起き上がると思いっきり伸びをした。すると首肩背中の骨が悲鳴
を上げるようにギシギシと軋むのが分かった。あまりいい寝相ではないので気にしな
い。カーテンを開いて外をうかがったが日曜の早朝と言うこともあってか車はおろか人
の姿も見えない。穏やかな、静かな朝だった。二階の部屋から一階のダイニングに下り
る。蛇口をひねりやかんに水を注ぎ、そのままコンロへ。ガスの元栓を開き着火。沸騰
するまでに何か食べるものが無いかと冷蔵庫をあさったがろくな物が無かった。さてど
うしたものかと立ち上がってみると、朝食はテーブルの上にすでに出来上がっていた。
センターにおかれたサラダからベーコンを一枚くすねながらふとわれに返る。父と母は
どうしたのだろうか?テーブルにはサラダを中心に皿とその上に乗せられた厚切りのト
ースト。皿の右にはカトラリーが入れられた小さな籠。それらが3セットずつ置かれて
いた。普段忙しない分、日曜の朝はゆっくり≠ネ事が多い両親。出かける予定も聞い
てはおらず、なのに5時台に起きてこの朝食を作ったのは非常に不自然である。中ほど
まで齧ったベーコンを皿に戻し、窓際へ。カーテンを少しめくり外界の様子を伺う。時
刻は少し経ち6時を過ぎ、相変わらず人気の感じられないいつもの外。いつもと変わら
ない風景なのに胸の中、気色の悪い高鳴り鼓動を増していくのはなぜだろう。鬼を探す
子供のように体は動かさず眼球だけを右から左へとじっくり巡らせる。気がつけばスズ
メの声すらその耳には聞こえない。耳の奥で血管が脈打つ振動が激しくなっていくが分
かる。沸騰し始め膨張し始めた空気がやかんの激しく湯気を噴き上げ始める。とっさに
翻った!ぶつかって倒れるチェア。乱暴に開け放たれたドア。衝撃に砕けるガラス。薄
暗い廊下。背後から迫る闇。差し込む朝日。階段に足を獲られようとも手をも使い獣の
ように駆け上がる。ドアノブを強引にねじり。僅かな隙間に体を滑り込ませ鍵を閉じ
た。開きっぱなしの窓から吹き込む風にカーテンが揺らぐ。その度、カーペットに歪な
光跡が描き出される。ドアに持たれかかり、そして、崩れ落ちるように座り込んだ。目
の前にはラジカセ。電源入りっぱなしのFMがスペクトラムアナライザーを楽しげに上下
させていた。息を吐き、呟く。その言葉すら僕には分からない。

『耳が聞こえない。』

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