第63回テーマ館「理由」



ショート・バー ジャージ [2006/11/04 03:31:39]


いらっしゃい。
ここはショットバー『ショート』
人は『不思議なショットバー』と呼ぶけど・・・

何が不思議かって?
まぁまぁ、それはここに来る【お客さん】を見ればわかるわ。(くすっ)

カウンター席に座っている白髪のおじさん。
お医者さんのような白衣を着て、
いつもラムをチビチビ飲む、ここの常連の1人・・・

「ワシはもう・・・必要じゃないかも・・・」
グラスを空にして、大きなため息まじりで、おじさんはつぶやく。
「どうしたのよ?いったい?」
「出番の少ないワシは、なぜ【あそこ】にいるんじゃろう・・・」
おじさんはコインを懐から取り出すと、お替りを注文する。
今日はお酒のせいか、やけに涙もろくなっている。
おじさんは、話し出すと長くなるので、簡単に言うとこう・・・

若い頃は、昼夜問わず、休むことなく【仕事】をし、
まわりからは【たよりになる存在】とされていた。
もちろん、その【仕事】に関して誇りをもっていたのだけど、
最近は、若いモノたちに【仕事】をとられ、
今は職場の片隅で、ひっそりと過ごし、
いつの間にか、自信も【仕事】に対する誇りもなくなったというの。

「こんなことなら、ワシを消してくれればよいのに・・・」
グラスのお酒に、一滴の涙がこぼれ落ちた。
おじさんの涙・・・
「ねぇ、わたしはこう思うの・・・」
おじさんはうつむいたままだったけど、わたしは話を続けた。
「おじさんがいるから、いまの若いコたちが、その意志を引き継いでがんばっているん
だし、わたしはおじさんがいるから、安心してこの街にいることができるのよ。」
話終えると同時に、おじさんにおしぼりを渡す。
おしぼりで涙を拭きながら、おじさんは
「ありがとう・・・そうかもしれんな」
と答え、ラムを一気に飲み干した。
「わたし達に安心をあたえる為、それがおじさんが職場にいる理由じゃないかしら?」
おじさんはニコッと笑うと、静かに店をでていった。

お店が終わるのは、朝の5時。
10月の朝の空気は冷たい・・・もう、冬ね。
帰る途中、消防署の前を通りすぎる。
わたしはそこで足を止めた。
消防署の片隅に置いてある旧式のワゴン車タイプの救急車
2B型と呼ばれ、高規格救急車(救命士が同乗する救急車)の登場で
すっかり出番が少なくなっている・・・。
それでも・・・
『ワシがいるからには、安心していていいぞ!』
堂々とした様子でいる。
わたしは思わず笑ってしまった。
「夕べ、あれだけ泣いていたのに」
『こ、こら!若いモンに聞こえる!』
「うふふ・・・でも、【おじさん】は、わたし達にとって頼りになる【救急車】には
違いがないんだから・・・その自信、忘れないでね。」

わたしのお店が『不思議』なのは、おわかりいただけた?
わたしのお店には人間だけが【お客さん】じゃないって事。
興味があったら、遊びにきてね。
あなたの来店を、心からお待ちしてますわ。

END

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