第63回テーマ館「理由」



Drop Or Nondrop〜オチたかオチないかそれが問題だ〜 大津庵 [2006/11/17 04:55:24]


四階を目指すエレベータが二階で停止したことに暁生は小さく舌打ちした。
本日の吉凶を占うゲン担ぎが突然終了したのだ。他愛のないお遊び程度の勝手なルール
による占いだが、不快さを表面に出さずに飲み込めるほど暁生は大人になりきれていな
いのだ。
「すいませ〜ん」と、巨大なダンボールをいくつも台車に乗せた運送屋が有無も言わさ
ず乗り込んでくる。エレベーターの隅に追いやられた暁生は息苦しい時間を四階まで過
ごすこととなった。
ある大学のいつもどおりの朝。珍しく早起きした暁生は一時限目の教室へと向かってい
る最中だった。「早起きはなかなかにすがすがしいものだなぁ」と、らしくないことを
思いながら校門をくぐってきたが、すがすがしい朝は出鼻からくじかれてしまったよう
だ。
教室にはまだだれもいないだろうと暁生はふんでいたのだが、すでに一人、窓際の席に
座っている。暁生と仲のいい五郎が、机に向かいペンを動かしているのが見て取れる。
「おい、五郎。やい、五郎。おまえは五人兄弟の末っ子かい?」暁生はいつもどおりの
ふざけたことをほざきながら、五郎の隣の席へと勢いよくすべりこんだ。
「お!暁生じゃん。何度もいうようだが、オレは長男だ。」五郎はふと、暁生に目をや
ると同じくいつもどおりの応答をした。二人が顔を向けるとだいたいこの挨拶から会話
がはじまるのだ。
「おまえ、はやいなぁ。オレが一番乗りだと思ったのに。だれかが教室に入ってくるギ
リギリまで素っ裸で踊るっていう運試しやりたかったのになぁ・・・。」
「恐ろしいこと考えるなぁ。見つかるのも恥ずかしいが、見たほうもリアクションに困
るだろう。大学生活が灰色に終わるぞ。」五郎は再び机に向かった。暁生の甲高い笑い
声が教室にこだまする。
「なにやってんの?さっきからカリカリカリカリ。」暁生は不思議がって五郎の手元を
覗き込む。急いで隠す五郎。
「なになに?なに書いてんの?マス?マスかいてる?」
「おい、こんな朝からシモかよ。履歴書だよ。履歴書。」五郎はチラと履歴書を見せ
る。
「就職用?」とたずねる暁生にうなずく五郎。再び、履歴書に向かう。
しばしの沈黙ののち、五郎が口を開いた。「あのさ、”特技”の欄ってなに書きゃいい
の?」
「え?特技?・・・・寝ること?」きわめて真面目な顔で暁生が言った。彼はマジな顔
でふざけるのでボケなのか本当にバカなのか五郎にもよくわかっていないらしい。
「”どこででも寝られること”ってやつか?おい、ふざけるな」
「知らねーよ。おまえの特技だろ?適当になんでも書いとけよ。」
「就職用だぞ?下手なこと書いて突っ込まれたら最悪じゃん。」
「あ、おまえ、野球やってたじゃん。それ書いときゃいいじゃん?」ひらめいたとばか
りに暁生が笑んだ。
だが、五郎は”言うと思いましたよ”みたいな見透かした表情を浮かべたあと、ため息
をついた。「いやいや、そこが難しいところなんだよなぁ〜」
「なに?」暁生はちょこっとイラッとしつつも首をひねった。
「”特技”っつーのはさぁ、文字通り”特殊な技”、つまり、他人より秀でたモノなわ
けじゃん?そいつだけの特別なモノだろ?野球なんてさ、上には上がいるぜ。オレなん
か特別なほど、うまいってわけじゃないんだしさ。」
「おいおい、そんなこと言ってたらなにも書けないぞ。プロにでもならんかぎり。おま
え、考えすぎだっての」
「特技って程度が計りかねるよなぁ。」五郎はしみじみと腕組みした。
ちょこっとうざったい負の部分がにじみでてきた五郎を見かねて暁生は状況を打破する
ジョークをかまそうと試みた。これが後にひきおこすうざったい長話を生もうとはこの
ときの彼には知る由もなかった。
「超能力ってのはどうだ?」
「は?ウケ狙いにもならん。ボケるならもっとおもしろいやつにしてくれ。」
「スプーン曲げられます〜って書いとけ。んで、面接にスプーン持参していくんだ
よ。」
「くだらねー。書類審査で落とされそうだ」
「(フォークでも可)って書いとけ。オールオッケーだ!」
「オッケーじゃあねぇ!フザけんのもいい加減にしろ。マジに悩んでんだからな。」ノ
リのいい五郎がようやく軽くキレはじめた。
「っていうかさぁ。なんで超能力ってスプーン曲げなんだろうかねぇ。フォークとかナ
イフじゃ駄目なのかね。見たことあるか?ないよな?」
「さぁね。っつーか、どうでもいいよ」履歴書に向かい頭を抱える五郎。
「そもそもなんで、飯を食う道具なの?」
「知らん!飯食ってる最中にはじめたんだろ?そうしとけよ!」
「飯どき以外、そうそうスプーン触らねーよなぁ。何食ってたと思う?カレー?いや、
まてよ。ゼリーとかデザート系かもしれねーな」五郎そっちのけでひとり思案にふける
暁生。彼のかねてからの空想少年が発揮され始める。
「おい、真剣に考えんな!超能力者が何食ってただとか興味あんのか?」
「アイスかな?ヘタにケーキとかだとフォークになるからな。パフェか?」
「おまえ・・・横で食いモンの話ばっかりすっから腹へってきたじゃねぇか!」
「あ、そういやさ、今ぐらいの年齢になると男がパフェ注文するのって抵抗ない?」
「うん?まぁ、なくはない」
「フツーに頼んで食ってるヤツもいるけど、やっぱり女子供の食い物って見方あるよ
な。これって偏見か?男女平等はどうなってんだ?!」突然、思い出したかのように立
ち上がり拳を振るう暁生。
「ハナシとぶなぁ・・・」
「いやさ、この前さ、テレビで女性差別をなくそう的な運動をやってるのをドキュメン
トしててさ。なかなか浸透しないもんだなーと考えさせられたよ。」
「ほう。気持ちがまったく入ってるようには見えねーが、おまえにしてはマジメはコメ
ントだな。だが、平等なんてムリに決まってんじゃん。」
「お。なんで?」
「だってさ、体のつくりから生物としての性質まで別モノだろ?”男””女”って分け
られてる時点でもう平等じゃないわけよ。」
「いやいや、そういうんじゃなくてさ、求めてんのは、社会的地位の平等なわけでし
ょ」
「だったら求めなくても守られてると思うよ。セクハラだなんだって訴えられやしない
かと女性を平等以上に扱ったりする状況もあるじゃん」
「あー」
「でもね、お互い別々の目線に立ってるから一方が気づかないことを気づいてやれて助
け合えるわけだと思うのよ。だから、オレとしてはこのままの状態で続いてくほうが世
界的にいいと思うのよ」
「世界か、ビッグだな」
「世の中、摩擦があってこそなんだからさ、男と女で小競り合い続けてればいいのよ」
「なるほどなー。物質が平面に立っていられるのも摩擦があってこそなんだな!」
「らしくないことをほざくじゃねーか!」
「化学の先公のウケ売りだがな」
「だっはっは!っつーかよー、授業は何分開始なのよ?20分じゃなかったっけ?」
「あれ?五分前なのに誰もこねーな。」

教室のドアにセロハンテープが張り付いている。ドア下に落ちている紙切れが一陣の風
によって宙を舞った。そこにはマジックの太字でこう書かれていた。
”教授体調不良により、一時限目休講”

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