『テーマ館』 第28回テーマ「森/海」
森のはなし 投稿者:森里 羽実 投稿日:08月07日(土)23時37分08秒
僕は一人だった。
そのだだっ広い大地に、僕はたった一人だった。
水もなければ、肥沃な大地も、強い日光を防ぐものも、立ち寄る人影
さえもない──そんなところに、僕はたった一人だった。
一年中夏が続くような、そんな乾いた土地だったけど、僕は平気だった。「彼」に
会うまで、僕は、僕のほかに誰かがこの世にいることなんて知らなかったから。
彼に会うまで、僕は僕が「一人」だってことすらも、知らなかったから。
僕を見て、彼はちょっと微笑んだよ。ぼろぼろの麦わらをずらして、彼を守る陰
もない僕のそばに、座り込んだ。そして、革の袋の底にちょっとだけたまった水を
僕にわけてくれた。そのとき、僕はなんとも言いようのない気持ちに、
胸が震えるのを感じたんだ。僕は、水なんかなくても生きていける。暑い日差しに
だって負けやしない。でも、彼が僕に、そのちょっとだけの水をかけてくれた
とき、なんだか、胸がどきんって痛くなった・・今ならわかるよ、僕は、
「一人」だったことがどんなにさびしいことだったか、そのとき気づいたんだ。
嬉しかった。「二人」っていいものだなって思ったよ。
彼はそれから、僕にいろんな話をしてくれた。彼の「家族」のこと、「家」の
こと、彼の「友達」、彼の育った「森」のことも。僕は、「森」って言葉に
ドキッとした。森って、何だろう?僕のように、一人ぼっちじゃなくて、「二人」
でもなくて、「みんな」で一緒にいること。ねえ、それって、どういうこと
だろう?僕は彼と違って、歩けない生き物だから・・僕のそばに、「みんな」が
並んで立ってるのを想像できなかった。彼の言う森、いっぱいいっぱいの緑・・
僕は、どうしても「森」になってみたくなった。「みんな」が欲しいと思った。
そんな僕の気持ちが伝わったんだろう。彼は、僕の一部をそっと切り取り、
水の入っていた革袋に、そっと包んでくれたよ。僕は生まれて初めて「動く」
ことに感動しながら、遠ざかる僕の分身に別れを告げた。
──そして、今。僕は「みんな」と森になった。もう、雄大な眺めや、ギラギラ
する日差しや、土ぼこりの匂いもしないけれど。僕は、森になって、嬉しかった。
だけど・・ああ。これが僕達の宿命なんだね。僕はうすうす、知ってたよ。
彼・・人間が、彼の仲間たちのために、僕達「森」を削っていくこと。僕の仲間を
取り去ってしまうこと。
・・そして、とうとう僕の番がきた。彼は、僕を・・大きく
育った僕を、みんなから、もぎ離していった・・いいんだ、僕は、「一人」じゃ
ないことを、彼に教えてもらったから。たとえこれから、彼・・ううん、彼らの
使う「紙」や「わり箸」なんてモノにこの身を変えられたとしても・・僕は、
彼を恨まない。僕は、彼を、恨まないよ・・
☆
☆
ガチャン。ドアが開いて、上川氏の友人が現れた。
上川氏は手にした鉢植えを得意げに掲げ持つ。
「やあ、約束のモノはここにあるよ」
「おっ、それかい?君が中国の砂漠で見つけたっていう珍種は?」
「そうなんだ、砂漠の中でポツンと立ってるコイツを見つけたとき、僕は思わず
快哉を叫んじゃったよ。貴重な水を、コイツにかけてやったくらいさ」
「ははは、君らしい。コイツなら十年水をやらなくても生きていけるのに」
「それで、いくらで買いとってくれるんだい??」
「まあ、待て待て、他のコレクションも見ていくよ」
上川氏の友人はそう言って、上川氏の部屋にズラリと並べられた見事な鉢植えの
数々を眺めた。わざわざ、砂をしき、高温に保ったマニア垂涎の庭園である。
上川氏の友人は上川氏を振り返り、賞賛の声をあげた。
「いやあ、いつ見てもすごいなぁ。君の<サボテンの森>は」
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