『テーマ館』 第28回テーマ「森/海」


幸せの海 投稿者:フーガ  投稿日:08月11日(水)14時06分54秒


      若い男女が後ろを振り返りつつ、森を駆けている。
      二人とも薄汚れた格好だ。
      はぁはぁはぁはぁ。
      静かな森に、二人の荒い息遣いだけが響く。
      「あっ」
      と、娘がつまづく。あわてて、男が抱き起こす。
      「大丈夫か、さくら?立てないならおぶってやろう。さあ」
      娘は言われた通りにおぶさる。
      「ごめんなさい、助松さん。わたしのために、こんなことに…」
      「いいのさ、さくら。あんな悪代官なんかに、大事なさくらを妾になんてやれるもんかい。
      心配するな、海に出れば、友人の用意してくれた船がある。逃げて、二人で幸せに暮らそう」
      「助松さん」
      愛し合う二人は森を駆け抜ける。

      視界が開け、そこは青き大海。
      「さあ、行くぞ。二人の未来に向かって」
      船を見つけ、駆け出す二人。
      「まて、そこまでだ」
      はっとして振り返れば、強面の数人の男たち。
      「え、越前屋、きっさまぁ」
      あっという間に捕らえられ、悔しがる二人。
      「さくらさん、いけませんねぇ。逃げたりしたら、私が神谷さまにお叱りを受けてしまいます。
      あなたも代官の妾になれるのです。下賎の生まれのおまえにとって、名誉なことではありませんか。
      おーっほっほっほっ」
      高らかに笑いあげる越前屋。そこに輿に乗って現れる代官。
      「神谷さま」
      尻尾をふらんばかりの越前屋。と、その取り巻き。
      「これは、神谷さま。こんな所までよくおいでになられました」
      「うむ、わしのかわいい妾をさらおうとした男がなぶり殺しになるさまを、見てみとうてな。
      いうなれば、格好の暇つぶしなのだ」
      「それでは、とくとご覧ください…やれ、おまえら」
      越前屋の命に、すぐさま行動する忠実な男たち。
      そんな頭に銭の直撃。
      「くっ、何奴」
      どこから現れたか、遊び人風の男。けれど寸分の隙も見当たらない。
      「ケンさん」
      顔見知りの男の登場に驚きをかくせない助松とさくら。
      「ふっ、神谷。貴様余の顔見忘れたか」
      「よ…余だと…!!」
      神谷の脳裏に、ある人物の面影が重なる。
      「う、上様」
      神谷を筆頭にひれ伏す面々。
      「貴様の所業、許しがたし。腹を切れぃ!!」
      「くっ、くうううう。貴様など、上様などではないわ。かまうことはない、やってしまえ」
      向かい来る鍛えられた男たちを軽々と倒すケンさん、いや上様。もちろん、みねうちだ。
      「成敗」
      あわれ、神谷。上様の刀身の餌食となり。でも、みねうちである。

      「う、上様」
      ひれ伏したままの、助松とさくら。
      「若い二人の恋路を邪魔する奴は、馬の変わりにこの遊び人のケンさんが成敗してくれる。
      このケンさんの桜吹雪にかけて。さあ、行きなさい。幸せになるんだぜ」

      その後、二人は手に手を取り合って、幸せという海に、二人のの船を漕ぎ出した。