『テーマ館』 第28回テーマ「森/海」


ND 投稿者:の  投稿日:08月16日(月)03時42分56秒


        そこは草原だった。一面のお花畑の中にいた。白や赤、黄色や紫、
      名前を知ってるのや見たこともないもの、咲く季節や場所もてんで
      バラバラの無数の花々が咲き乱れていた。空は晴れ渡り、明るくや
      わらかな光が満ちていた。その見渡す限りのフラワーアレンジメン
      トの中を一本の道が通っており、私はそこを歩いていた。まるで体
      の重さがないような感じで、飛ぶ鳥のように私は道を急いでいた。
       しばらく進むと、大きな木々が現れ始め、気がつくと道は深い森
      の中を進んでいた。空を覆い尽くすかのような大木が林立して薄暗
      い森の空気は湿気を含んで重く冷たかった。不思議なことに小鳥の
      さえずりも梢のすれる音もせず、不気味な静けさに満ちていた。た
      だ、時折遠くの方から、まるで呻くようなすすり泣くような音が微
      かに聞こえるだけだった。途中さらに深く森に分け入る小道が2、
      3あったが、何故だか行ってはいけないような気がして、私は元の
      道を進んだ。
       木漏れ陽が見られるようになってきたなと思っていたら、急に視
      界が開けた。海だ。さざ波もなく、澄んだ水がきらめきながらたゆ
      とい、小さな丸い石を敷き詰めたような海岸を洗っていた。沖を見
      るとさして遠くないところに手漕ぎの小舟が漂っていた。そこにそ
      の人がいた。水面の反射に埋もれたようではっきりとした様子はわ
      からなかったが、会ってみたいと思った。
       服が濡れるのもかまわず海に入っていった。心地よい冷たさで、
      陸の上を歩くように抵抗もなかったが、十歩もいかないうちに水嵩
      は胸に届くほどになった。助けを求めるように見ると、その人は
      ”来てはいけない”と言っているようだった。何故?船に乗せて欲
      しい、言葉を聞かせて欲しい、一緒に連れていって欲しい!
       しかし、その人は”来てはいけない、戻れ”と言っている。船に
      近づこうと私は泳ぎ始めた。ところがどんなに手足を動かしても、
      水溜まりに落ちた羽虫のように波を立てるばかりで少しも進まなか
      った。水は先程までとうって変わってゼリーのように重くまとわり
      ついて息継ぎさえ困難だった。私は泳ぐのをあきらめ、水面から顔
      を上げた。
       船はなかった。船どころか海もなく、そこはごつごつした岩だら
      けの荒野で、どんよりとした空の下、ただ砂塵の舞うばかりだった。
      私は失望からその場に座り込んだ。すると急に体が重くなると同時
      に全身が激しく痛み出した。見ると私の体はずぶずぶと砂の中に沈
      んでいるではないか。逃れようにも指一本動かすにも悲鳴を上げる
      ような苦痛。程なく激しい頭痛がして目の前が真っ暗になり、何も
      わからなくなった。
       
       再び気がつくと、私はここにいて、頭上には父と姉がいた。